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2度も布教とは感謝感謝

皆さま、こんばんは。

今日は町田市の築地本願寺町田布教所髙源寺さまの法話会へ出向させていただきました。

今年二月に続き二度もお呼ばれしました。


ご讃題は、「南無阿弥陀仏となえれば 十方無量の諸仏は 百重千重囲繞して よろこびまもりたもうなり」[現世利益和讃]


いかに阿弥陀如来さまの他力本願が素晴らしく、また私というもの「煩悩具足の泥凡夫」を知り尽くしておられるのかがわかる姿を取り次ぎさせていただきました。


お聴聞くだされた方と共有しながら、どんなことになろうとも心配するなよ、まかせよ救うの親の喚び声を受け止めていく安心感は誰でもない、我が親でありました•••と、知らされたことをお話しいたしました。


私自身、改めて法の場に立たせていただける喜びを感じながら、阿弥陀如来の《そのままのお救い》をお聞かせいただきました。


お帰りになられる皆さまの笑顔が有り難く。

お見送りさせていただきました。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

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不断煩悩得涅槃

人間たる者は、日々の生活の中で 煩悩から逃れることは非常に難しいというか、 死ぬまで苦しみ続けるものです。 かの一休禅師も最後の言葉は「死にとうない、ほんまじゃ」であったと言われるほどです。私たちのように日々、仕事に趣味を持ち、家族を持つものにどうやって修行をし、それを成し遂げることなどできるのでしょう。無理です。 煩悩を克服できない者は死んでも悟りの境地に至ることなどないのです。 三毒の煩悩 貪

 
 
 

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