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登録日: 2021年9月30日

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超法寺の住職です。日々ブログを投稿しております。

記事 (1616)

2026年5月20日2
延覺寺布教
皆さま、こんにちは。 19日は千葉県佐倉市の延覺寺さまの常例法座へ出向させていただきました。 30年過ごした実家寺でお世話になった千葉組(そ)寺院へ布教にこさせていただけたのは実に有難い思いでありました。 今回実は初めてお寺に行ったのでした。意外な感じでした。 古いお寺でもあり多くの聴聞者がお参りくださいました。 今やお聴聞がどこも少なくなった昨今ですから嬉しい思いでした。 平日の方がいいのかなって思いました。うちも平日に法話会をやったらお参りが増えるかな。 この度は「仏は助ける、私は助かる」をテーマにお取り継ぎしました。 浄土真宗のみ教えは、他力本願であります。 わかっているようであまりわかっていないのです。 浄土真宗だからとか、念仏往生だからいいとか、どうなのでしょうか。 阿弥陀如来は浄土真宗の人をお救いになられる仏さまではありません。 念仏往生は、疑いなくまかせた姿が南無阿弥陀仏の声となって表れたものです。 手を合わせなくてはお念仏がでないのは自力念仏ですから、これでは救いには遇えません。もちろん称えられることは誰でもはできませんが、阿弥陀如来のお心にはかないません。...

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2026年5月18日3
浄照寺布教[宗祖降誕会]
昨日、川崎市宮前区の浄照寺さまの宗祖降誕会の布教(法話)へ出させていただきました。多くの方がお参りさせる中、至福の時間をご一緒させていただきました。 今年は親鸞聖人の853回目のお誕生日でした。 これほど長く世界中の人々から慕われているのです。 あらゆる命を救いたい。 苦悩の命を救いたい。 凡夫が仏になるという不思議。 悲しいかな、人間は楽な方に気持ちが向かうのです。 自分も罪を重ねて生きているのに、自分は許せて、他人は許せないのです。 SNSを見ていればよくわかります。他人が悪いと文句ばかり言っているのです。 修行もせず、かぞくをもち、仕事を持ち、趣味を持っていて一体いつ悟るのでしょうか。死ねば仏ばかりです。ならないものがどうしてなるのか。 それは救わずにはおれないという阿弥陀如来の他力のおはたらきがあればこそであります。自力では凡夫は救われません。それなのに自力でどうにかしようとしている。 help me Buddhaは自力です。 thank you Buddha が他力です。 これがわかれば問題ありませんが、車を見ても必ずと言っていいほど御守りステッカーが貼って入りますよね...

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2026年5月10日3
真応寺布教
二年ぶりに、さいたま市大宮区の真応寺さまの法話会へ出向させていただきました。 埼玉組(そ)の寺院から出向依頼をいただけるのは本当に嬉しいです。 今後、この組(そ)で活動をして行く勇気と意欲を持つことができます。 この度は、親鸞聖人のご和讃「高僧和讃」の、 いつつの不思議をとくなかに 仏法不思議にしくぞなき 仏法不思議といふことは 弥陀の弘誓になづけたり をご讃題にいただかせていただきました。 そもそも在家で修行もせず、仕事を持ち、家族を持ち、趣味をももつ私がどうして 仏のお救いに遇えるのでしょうか。これは仏教の教えにも稀な教えです。 お釈迦さまは、仏は砂の数ほどおられるとおっしゃいます。 その仏は、それぞれのお救いを持っておられます。 ただどの仏もお救いに条件があります。 私たちは死ぬまで煩悩から離れられない身です。 それを凡夫と言いますが、凡夫が仏になることが不思議であるというのです。 しかしながら、世間の人はそう思っていないようです。 「我が家は浄土真宗だから安心です。」とよく聞きます。 また「死ねば仏」というじゃないですかと笑います。...

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超法寺の住職

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