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登録日: 2021年9月30日

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超法寺の住職です。日々ブログを投稿しております。

記事 (1579)

2026年2月5日2
読経は亡き人のため?
読経は亡者生者を問わず、すべてのものの功徳となります。 【世々生々(せせしょうじょう)の父母兄弟(ぶもきょうだい)】 親鸞聖人は「父母の孝養(きょうよう)のためとて、一返(いっぺん)にても 念仏まふしたることいまださふらはず」と言われました。 だからと言って、亡き人や先祖のために読経することをやめてしまえと言ってはいません。私たち人間は自分の親や子供、親類や先祖に対して、親しい心や愛情があります。このような愛情は、仏教の立場から言えば限りられたものに対しての執着(しゅうじゃく)であり、それは菩提(さとり)への道とは相反する心であると言われます。 親鸞聖人は、一切の命あるものは皆これ世々生々の父母兄弟であると言われたのです。それは私たちは無始以来、今に至るまで五道を迷い( 地獄・餓鬼・畜生・人・天)、憂畏勤苦(ういごんく)の旅を続けてきた のだと、一切智者である仏陀(覚者)は、教えてくださいました。 生死絶えずの旅 すべての命は関わりあっていると知らせてくださるのです。 ほろほろと鳴く山鳥の声きけば、父かとぞおもう母かとぞおもう...

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2026年2月4日3
死ぬのではなく往くのです
長文のため途中で記入できずに続投稿します。 正信偈に 五劫思惟之摂受(ごこうしゆいししょうじゅ) と、どうやって漏らさず救っていこうかと考え、考え、気が遠くなるほどの行を重ねていかれました。 南無阿弥陀仏を称えさせて救う道を完成されました。 浄土真宗の信心は「はい、仰せのままにおまかせします」と仰せを聞くようにはたらくのです。 でも、現代人はなかなか浄土往生を信じません。 昨今は葬儀もしない、法事もしなくなってきました。その上、お寺に参る機会も無いのですから 南無阿弥陀仏の声に出遇う機会も無いときているので阿弥陀さまのご苦労は甚大でしょう。 その上、それを伝えるべき僧侶の側も、「浄土真宗の方だけでは無いので浄土真宗の話をするのは控えよう」などと勝手な解釈をして法を遠ざけているなんて話を聞くから寒気がします。 この目に見えるものしか信じない。 明治からの教育は実証主義、経験主義の教育に変わり、見えるもの、触れるもの、自分で確認したもの以外は信じません。 ですからUFOのような存在なのかもしれませんね。 でもどうでしょうか。テレビは見えますか?でも電波は見えませんよね。...

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2026年2月4日2
浄土の教えを聞こう
節分、恵方巻きを食べてしあわせになりましたか? なった人には心より称賛を送ります。 モヤモヤしている方には是非、お浄土の教えを聞いていただきたいですね。 これが一番しあわせになれる近道だと思います。 また、これを知らずに天国へ行く(神様との契約、洗礼を守れた人のみ)、地獄へ行く(死ぬまで煩悩から離れられず、修行もせず悟りの境地も知らない人)ような人生であったらいつしあわせになるのでしょうか。 浄土真宗とは 浄土に生まれる道を明らかに示した真実宗教です。 お寺に参ったら病気が治ったり、お金持ちになるとか、受験に合格するとかは一切ございません。また、占い、まじない、加持祈祷、姓名判断、日の良し悪し等、一切いたしません。 ただ浄土の教えを聞く のです。 【仏願の生起本末】 浄土真宗のlご本尊、阿弥陀如来はなぜ浄土を説いたのでしょうか。 人は皆、必ず死ぬからです。別れていかねばならないからです。 それを受け入れていくことができずに、都合よく考えようとするからです。 死ぬのが嫌だから健康管理に気をつけ、週一回の禁酒をしてみたり、禁煙をしてみたりする。肺という臓器は酸素以外のものは受け入れら...

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超法寺の住職

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