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お彼岸の世界

「彼岸」とは、「かなたの岸」、「目指す理想の世界」、「悟りの世界」、「涅槃の境地」、「極楽浄土」など仏さまの世界を言います。

反対に私たちが住んでいる現実の迷いの世界を「此岸」と言います。

サンスクリット語にパーラミターという言葉があります。

漢字では波羅蜜と書き、意味は到彼岸と訳されています。

これはどうしてか日本だけで行われています。


鎌倉時代、藤原家隆という歌人が、「契りあれば なにわの里に やどりきて 波の入日を 拝みつるかな」という和歌を作っています。家隆は直ちに出家して名を仏性と号し、草庵を結んで念仏の生活を送ったそうです。


『仏説阿弥陀経』には、極楽浄土は真西にあると説かれています。

中国の道綽禅師は『安楽集』に、日の出る処を生と名づけ、その没する処を死と名づける。日の没する西は、生命の帰趨(きすう)する処として、浄土の場所を表すのにもっとも適当であるから、阿弥陀仏はここに浄土を建立され、人びとを導かれる。

と説いておられます。


『仏説観無量寿経』には、阿弥陀仏の極楽浄土を見たければ、日没の光景を観察(かんざつ)し、西方を思い描くがよいと日想観を行うのに適していると言われました。


仏教讃歌に「彼岸の歌」があります。

 きれいなお日さま 西に入る

 かがやく雲の あちらには

 あみだにょらいのお浄土が

 あるとゆうことをききました


 彼岸の中日 お日さまは

 ちょうど真西のお浄土に

 おはいりなされるお話を

 きょうはお寺でききました


 みんなでなかよくみ名称え

 きれいなお浄土に参りましょう

 きょうの入り日のうつくしさ

 ほんに浄土は雲のよう



お彼岸には、お墓参りだけではなく、お寺で勤まる彼岸会にお参りして、彼岸の国、阿弥陀如来のお浄土のお話を聞いて、お念仏を申す私になりたいものですね。


南無阿弥陀仏

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