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西本願寺常例布教三日目

皆さま、こんばんは。

今日も京都は暑い痛い一日でありました。

また朝には地震もありました。おかげさまで大した揺れもありませんでした。

今や日本各地どこで地震が起こっても不思議ではありません。いつ何時、大地震に遭うかも知れないのです。無い今日を過ごせることは当たり前でもあり、有り難いことだと思います。


さてこの度の西本願寺常例布教も三日目を終えて、いよいよ明日のお晨朝法話が最後であります。過ぎてみればあっという間でありました。

寂しさもあります。それでも今日はお恥ずかしいことで、私が昔から大切にしてきました法話を題材として御堂法話としてお取継ぎしました。しかし何と肝心なところがスポッと抜けてしまったのでした。

こんなこと初めてでした。


間違えたのではなく、頭の引き出しから出しながらわからなくなってしまったのでした。

その後メモを出して確認してお話を続けました。確かに私たち人間は「忘却」がありますから、こういったことはあるのでしょうが、なるべく無い方がいいですよね。


しかし慌てずに対処できたことは良かったと思います。退席後、「あちゃー、やってしまったなぁ」と反省しながらいましたら、後ろから「末田先生」と、式務の職員から声をかけられたのです。「えっ、もしかしてお叱り?」などと思ったのですが違いました。

御堂法話をお聴聞してくださった方が、私がお話しした際のお言葉を書き留めたかったが、書けなかったので、改めて私に聞いてくださったのでした。


つまりは、その方の心に言葉が刺さってくださったのですね。有り難いことでした。

何せ法話はYouTubeライブ配信されますので、いい加減では恥ずかしいので、間違えてもきちんと対処することも大切だと思うのです。


昼座も平日の昼間だというのに総会所でお聴聞してくださった方がありました。中には三日間毎日お聴聞くださった方もあり感謝に堪えない頭が下がる思いでした。

14年ぶりの西本願寺常例布教の三日目、また多くの方々に励まされ、許されて取り継ぐことができました。

たくさんの学びでありました。


そして明日朝のお晨朝での御堂法話がお役目最後になります。明日は前門さまが出られるそうです。思えば14年前の時も大谷光真さまの前でお取継ぎをさせていただきました。

今回は亡き父に成り代わってお礼の言葉をお伝えしたいと思います。

実は私の出身寺は大谷光真ご門主のおかげでできたお寺なのでした。父が居ない今、それをお伝えできるのは長子たる私だけではないかと思います。


私の誇りであります。決して忘れることなどできない大きな大きなご恩であります。

怒られない程度にお伝えしましょうか。

明日に備えて今夜は早めに床につきたい。

そして早起きしましょうか。

おやすみなさい、南無阿弥陀仏

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