自己反省していますか?
毎日、日本各地で大雨が降り災害も起こっています。
暑さ寒さも彼岸までと昔から言いますようにあれだけ暑かった夏が
秋へ移行しようとしています。
私たちは暑ければ愚痴を言い、寒ければまた愚痴を言う日々ではないでしょうか。
仏教では私たち人間を有情〔うじょう〕と言います。
心〔情・心・意〕有る者ということです。
この心が一番の問題で厄介なのです。
「身・口・意」の三業〔さんごう〕と言う言葉を知っていますか?
身業〔しんごう〕とは身体で行うこと。
口業〔くごう〕とは口で言うこと。
意業〔いごう〕とは心に思うことです。
この三業をなして人間は生きています。
この人間の行為、行いの中、心〔意〕を一番の問題とするのが仏教です。
人間は口では良いことも言います。
時には善い行いもします。
しかしその時でも、心の中まで問われたらどうでしょうか。
心の中まで問われてもあなたは善人でしょうか。
自分を善人と思っている人は、善悪で人を責める。
自分を賢いと思っている人は、賢愚〔けんぐ〕で人を責めます。
「自分が悪い」と知るのは人間だけでしょう。
心のない?本能で生きている動物には罪悪の反省は無いのかもしれません。
人間も、幼児よりか少年少女、少年少女よりか青年、青年よりか壮年、壮年よりか老年の方が罪や悪の反省が深くなるのではないでしょうか。
ま、一概には言えないものでしょうが。
頭を下げる人はあっても、頭が下がる人はそういないように感じます。
実るほど頭を〔こうべを〕垂れる稲穂かな
「私は人を殺したことがない、盗みをしたこともない。だから私は罪人でも悪人でないと思っている人もいらっしゃるでしょう。
でも、この手をかけて殺したことはないが、口で殺したことはないか、心で殺したことはないかと自己に問う人もあるでしょう。
智慧〔真実を見る目〕が深まれば深まるほど、自己の罪悪を深く思うようになるのでしょう。
「自己反省」と言う言葉があります。
自分で自分を反省する。反省する自分と、反省される自分があるのです。
反省する自分が本当で、反省される自分は別の自分なのでしょうか。
全て同じ自己中心の自分であります。
他者の目、自分ではどうにも誤魔化すことができない。他なる者の目をいただく以外、人間は本当に自己を知ることはできないのでしょう。
だからこそ、日頃から仏さまの教えを聞くと言うことは、他なる目に見抜かれた自分、私を聞くのです。
今月は秋のお彼岸です。
ご一緒に仏さまから願われた命について聞いてみませんか?
お待ち申しあげます。合掌念仏




コメント