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白骨となれる身

ただ白骨のみぞのこれり

 「さてしもあるべき事ならぬとて、野外におくりて夜半のけぶりとなしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。あわれというも中々おろかなり。」


あわれ・・・なんと悲しいことでしょうか。

おろか・・・無常の姿の認識が十分ではない。疎かにしていないか。


人間の体を火葬にする・・・焼相

後に残ったお骨・・・・・・骨相


仏教では人間が息を引き取った後を、九つの相に分けて説いている。

肉体に対する執着を離れる心を言う。


九相観の目的

 肉体への執着を断ち切る。

 悟りの妨げとなる煩悩を払う。

 現世の肉体が不浄で無常であることを知る。


1、腸相(ちょうそう)死体が腐敗ガスで膨張する。

2、壊相(えそう)皮膚が破れ体が壊れ始める。

3、血塗相(けちずそう)溶解した体液が滲み出る。

4、膿燗相(のうらんそう)死体が腐敗により溶解する。

5、青瘀相(しょうおそう)死体が青黒く変色する。

6、噉相(たんそう)虫が湧き、鳥獣に食い荒らされる。

7、散相(さんそう)死体の部位が散乱する。

8、骨相(こつそう)血肉がなくなり骨だけになる。

9、焼相(しょうそう)骨が焼かれ灰になる。


九相観は、人間が死んで無常が終わると思いがちな私たちに、実は死んでからも無常なのだと説いているのです。

確かに死んでから日に日に姿が変わっていきました。

父の姿がまさにその通りでありました。

骨となるまで変わり続けるのですね。


葬儀で大事なことは、ご遺体の姿ばかりに見とられていてはならないのです。

実は皆さん、故人の指さす方向を見忘れているのです。

亡くなられた相にはもう故人はそこにはいないのに、いるかのように思っているからです。

故人の指さす方向を見ることを知らされ、お骨の指差す方向を見る力は私にはわかりません。それは南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)のお念仏のおしえなのであります

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