白骨となれる身
- 超法寺の住職

- 2025年12月30日
- 読了時間: 2分
ただ白骨のみぞのこれり
「さてしもあるべき事ならぬとて、野外におくりて夜半のけぶりとなしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。あわれというも中々おろかなり。」
あわれ・・・なんと悲しいことでしょうか。
おろか・・・無常の姿の認識が十分ではない。疎かにしていないか。
人間の体を火葬にする・・・焼相
後に残ったお骨・・・・・・骨相
仏教では人間が息を引き取った後を、九つの相に分けて説いている。
肉体に対する執着を離れる心を言う。
九相観の目的
肉体への執着を断ち切る。
悟りの妨げとなる煩悩を払う。
現世の肉体が不浄で無常であることを知る。
1、腸相(ちょうそう)死体が腐敗ガスで膨張する。
2、壊相(えそう)皮膚が破れ体が壊れ始める。
3、血塗相(けちずそう)溶解した体液が滲み出る。
4、膿燗相(のうらんそう)死体が腐敗により溶解する。
5、青瘀相(しょうおそう)死体が青黒く変色する。
6、噉相(たんそう)虫が湧き、鳥獣に食い荒らされる。
7、散相(さんそう)死体の部位が散乱する。
8、骨相(こつそう)血肉がなくなり骨だけになる。
9、焼相(しょうそう)骨が焼かれ灰になる。
九相観は、人間が死んで無常が終わると思いがちな私たちに、実は死んでからも無常なのだと説いているのです。
確かに死んでから日に日に姿が変わっていきました。
父の姿がまさにその通りでありました。
骨となるまで変わり続けるのですね。
葬儀で大事なことは、ご遺体の姿ばかりに見とられていてはならないのです。
実は皆さん、故人の指さす方向を見忘れているのです。
亡くなられた相にはもう故人はそこにはいないのに、いるかのように思っているからです。
故人の指さす方向を見ることを知らされ、お骨の指差す方向を見る力は私にはわかりません。それは南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)のお念仏のおしえなのであります




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