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父の祥月命日

十月十二日、亡き父の祥月命日をきょうだいで勤めました。私の実家寺、千葉市中央区の大願寺に集まり私が調声し「正信偈」、『御文章』、法話を勤めました。


早くも三年が過ぎて、時の過ぎゆく早さを改めて痛感しました。

そういえば、母の四十九日に父が人生最後の法話をしてくれたのを思い出しました。

その際には、『歎異抄』(第九条)のお言葉をお話ししてくださいました。

長いので一部だけご紹介します。


なごりをしくおもへども、娑婆の縁尽きて、ちからなくしてをはるときに、かの土へはまゐるべきなり。

いそぎまゐりたきこころなきものを、ことにあはれみたまふなり。

これにつけてこそ、いよいよ大悲大願はたのもしく、往生は決定と存じ候へ。

踊躍歓喜のこころもあり、いそぎ浄土へもまゐりたく候はんには、煩悩のなきやらんと、あやしく候ひなましと云々。


[現代語訳]

どれほど名残惜しいと思っても、この世の縁が尽き、どうすることもできないで命を終えるとき、浄土に往生させていただくのです。

はやく往生したいという心のない私どものようなものを、阿弥陀仏はことのほかあわれに思ってくださるのです。

このようなわけであるからこそ、大いなる慈悲の心でおこされた本願はますます頼もしく、往生は間違いないと思います。

躍りあがるような喜びの心が湧きおこり、また少しでも早く浄土に往生したいというのでしたら、煩悩がないのだろうかと、きっと疑わしく思われることでしょう。

このように聖人はおっしゃられました。


他力のおはたらきは私たちの浅はかな心を超越しておられます。それを親鸞聖人は不可思議という言葉であらわしておられます。


父はどういう心持ちで話してくれたのだろうか。きょうだいは「お父さんはお兄ちゃんが一番、特別だったって言っていたよ」と言うけれど、それを聞いた私は「じゃあ何で後を継ぐことができなかったのか理解できないよ」って言う。一生かけても未熟な私には父の親心がわからないのだろうか。


生前、ほとんど腹を割って語り合ったことが無かったから今更知る由はないのかも知れない。

私の残りの人生でそれを尋ねて生きていきたい。まだモヤモヤしている私に父は南無阿弥陀仏の声となり何かを知らしめようとしているのだろうか。

やはり私の価値観は厳しいばかりでは特別を実感することなどできない。優しくして欲しかったけどなぁ、見ていて欲しかった。

ワガママな私には父の親心がわかるにはまだまだ時間が足りないらしい。


そんなことを思いながら自問自答しているのであります。

※祥月命日とは年忌に当たらない年の本当の命日です。年に一度は亡き人を縁としてお仏事を勤めたいものです。


最近体調が悪くブログ更新ができずにいました。まだまだ調子は良くありませんが頑張っていきます。


南無阿弥陀仏、おやすみなさい。

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