浄土真宗の生き方
- 超法寺の住職

- 2025年11月16日
- 読了時間: 3分
浄土真宗の教章(私の歩む道)
[生活]
親鸞聖人の教えに導かれて、阿弥陀如来のみ心を聞き、念仏を称えつつ、常に我が身を振り返り、慚愧(ざんぎ)と歓喜(かんぎ)のうちに、現世祈祷(げんぜきとう)などに頼ることなく、御恩報謝の生活を送る。
[宗門]
親鸞聖人の教えを仰ぎ、念仏を申す人々の集う同朋(どうぼう)教団であり、人々に阿弥陀如来の智慧と慈悲を伝える教団である。
それによって自他ともに心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献する。
【教義】
阿弥陀如来の本願力によって信心を恵まれ(他力本願)、念仏を申す人生を歩み、この世の縁が尽きるとき、浄土に生まれて仏となり、迷いの世に還って人々を教化(きょうけ)する。
これが浄土真宗であります。
疑いなく我が身を阿弥陀如来におまかせして人々を生きていくのが他力の道です。
お念仏を申さないとか、親鸞聖人の教えを聞く(法話)ことをしないとか、阿弥陀如来以外の神仏を信仰したりすることは教えにはありません。
そもそも、私が子供の頃には21世紀にはアトムが空を飛んでいました。そんな今のこの世に生きながら、未だに占いや迷信にうつつを抜かすような生き方をしているなど、あまりには勿体無い生き方ではないだろうか。
そこに真実はあるんか?
ありませんよね。
中村天風氏は、縁起や迷信の否定「ぼやぼやしてちゃいけないよ。人が作った衛星が宇宙を飛んでる時代に、縁起がどうのこうの、日の良し悪しや占いが迷信がなんて、みんな自分自身に消極的な暗示をかけてるんです。」と、おっしゃっています。
さすがに縁起を仏教は否定していませんが、人間の心の弱さを突いて脅したり、恐怖を与えて不安にさせて思考力を失わせて金銭を献金させて家庭崩壊をさせることのどこに宗教として真実があるのでしょうか。
あるはずないんです。
この世に生まれたならば、必ず【老い】(歳を重ねる)、【病】(病気になる)、【死】(人生の縁が尽きれば死んでいく)のは必然の姿であります。
娑婆世界と言われる無常世界に生きる私たちは、思い通りにはならない命を生きているのです。
それなのに思い通りにしようとして苦しんでいるのです。
この事実に目覚め、真実なるものを常に仰いで生きていく中に本当の幸せに出遇っていくのです。それこそが浄土真宗の目指す生き方であります。
今日という日は二度とありません。
どんなに思っても二度と訪れることはないのです。希望ではあの頃に戻りたいと思うのでしょうが残念ながら二度とない今日なのです。
だからこそ、どうやって生きていくのかを問うていくことが問われているのでしょう。
浄土真宗の生き方は、全てを必然と受け止め、全てに意味がある。全てをポジティブに考えて生きていく宗派であります。
なるようにしかならない我が人生なのだから。
なったまんまを受け入れ生きていく。
思い通りにならないが、なったまんまが私に与えられた人生であります。
[老いていくからこそ、若さを大切にして少しでも悔いなく生きるように心がける。]
[病になるリスクを少しでも避けるためには、喫煙をしない、暴飲暴食を控える。睡眠時間を大切にする。ストレスをためないために笑顔を大切にして生きるように心がける。]
[我が人生がいつ尽きても後悔しないように、私はどこへ行く人生を生きているのかを、なるべく早く知っておく。わからないときは先祖代々に訪ねておくことをオススメする。]
今日もたくさんの方々のお支えをいただき過ごさせていただきました。感謝申しあげます。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏


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