宇都宮での布教 正行寺さま
- 超法寺の住職

- 26 分前
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八日、十数年ぶりに宇都宮市の正行寺の常例布教へ出向いたしました。
この度も東京教区教務所からのご依頼でした。
今回は実家寺を退職して、築地本願寺いるま布教所超法寺となっては初めてでしたので感慨深い思いでした。ご住職は知り合って約三十年で同い歳でもある旧友です。
長いお付き合いの中、どのように対応してくれるのか不安でしたが、何てこともない変わらない対応でしたのでホッとしました。
事実、実家寺を退職してからは多くの方々、友人が離れて行ったり距離を取られていたので卑屈になっていたこともあったようでお恥ずかしい気持ちになりました。
ご讃題は総序からいただいて、超法寺の寺院名の由来から、長男でありながら継職しなかった経緯、人生色々なことがあることを不思議と思ったり、そうなっていくことは私の思いを超えていくものだという仏願であることを取りつぎました。
40分二席でしたが、お参りの方々のおかげで、あっという間に時間は過ぎていきました。
今まで私がお聞かせいただきました喜びの一環を聞いていただきました。
お寺の空間は十数年前となにも変わらない、変わったのは私が老いたことと、前住職様がもうおいでないことだけでした。それでも、南無阿弥陀仏の声の中にお遇いさせていただけたような気持ちになりほっこりしました。
終わってからご住職と懐かし話をたくさんさせて頂きましたが、友人っていいなって改めて思いました。
ご住職とは同い歳ではありますが、私は三月の早生まれ、住職は四月なのでもう還暦を過ぎたとのことです。しかしお互い歳を取ったなあって笑い合いました。
こうやって頑張っていれば、再び逢えるものがあるんだと思いました。
多くの方々に支えられて、応援していただくことで今の自分があるのです。
それを思えば、生きていくことの大切さを痛感しました。
ブルーハーツの歌詞に「生まれて来たから生きてやる」というものがあります。
本当にそうだなあって思いました。
生きる意味は生きてこそわかるのですから安易にリタイアしてはならないのです。
意味があるものを知らずに去ることはもったいない、私はそう思います。
この度は十数年ぶりに宇都宮市の正行寺さまへ出向させていただく中、坊守様にも会えました。嬉しかったです。変わらずお元気でいて欲しいと思いました。
何気に私の高校時分の同級生の親戚なのです。世の中、不思議なことばかりですね。
これも皆、仏願のお心の中であります。往生の道の中、浄土で遇う方々に今遇えた喜びを胸に帰って来ました。有難いご縁を有難うございました。
もちろん宇都宮市へ行きましたので美味しい宇都宮餃子もいただいて来ましたよ。
「宇都宮餃子館」、大変美味でありました。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏




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