top of page

圓成寺布教

おはようございます。昨日は本当に久しぶりに東京都町田市の圓成寺定例法話会へ出向しました。東京教区教務所からの依頼でしたが記憶にないくらい久しぶりで、境内からどうやって中へ入ればいいのかがわからない位でした。

人がおられず、オロオロしちゃいました。しばらくするとご門徒さんが来られたので案内していただきました。


気の小さな私の一幕でありました。ここは本堂の前に大きな桜の木があって、もちろん今は咲いていないのですがきっと綺麗なのでしょうね。

実は現在、超法寺の門徒総代をお願いしている方がここのお寺の出なのですよ。

不思議なご縁であります。


さてこの度は『教行信証』総序をご讃題にしてのお取り継ぎをさせていただきました。摂取不捨の真言、超世希有の正法、聞思して遅慮することなかれ

であります。

実は超法寺の寺号はここから付けました。

浄土真宗のみ教えは他力本願であります。

疑いの心から離れられない煩悩具足の凡夫たるこの私を、大慈悲心のおはたらき、つまり南無阿弥陀仏の一声で漏らさず救うという、不可思議のお救いをお聞かせいただくことのお勧めであります。


声となって届いていてくださる阿弥陀さまのお慈悲、それが南無阿弥陀仏であります。そのまま聞いて、素直に受け取れたら、この愚痴ばかりの口が南無阿弥陀仏と声となって出てくださいます。疑って、素直でなければ声になりません。

しかし、どんなに声にお念仏が出ようとも、手を合わせなければ称えられないとか、仏壇やお墓の前、お寺に参った時だけしかお念仏が称えられないとか、これも自力念仏であります。自力では私たちは救われません。


南無阿弥陀仏をお聞かせいただき、お念仏を称えることで我が身の地獄行きを知るようなものでないとホンマもんではありません。

自己の本当の姿を知らされることを、機の深信と言います。

○阿弥陀さまのご本願がハッキリと知らされることを法の深信と言います。

地獄に堕ちるに間違いなし 機の深信

助かるに間違いなし   法の深信


他の神仏が見捨てられるこの私を特に阿弥陀さまは憐れんでくださるのです。

まかせよ、救う。だから我が名を【南無阿弥陀仏】称えて浄土に生まれてくれ。

このお心をお聞かせいただくのです。


この度はこのようなお心をお取り継ぎさせていただきました。

有難い仏縁をいただきました。感謝申しあげます。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

コメント


bottom of page