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ホテルの備品を持ち帰るような人が堕ちる地獄

「地獄は私が作り私が堕ちる世界」

皆さまには自覚がございますでしょうか。

「死ねば仏」ばかりに囚われてはいないでしょうか。

『正信偈』には、「報土往生多からず、化土往生少なからず」と言われています。

※報土とは、阿弥陀如来のご本願のおはたらきにおまかせしてお念仏を申しながら日々の暮らしを過ごし、あらゆるものに感謝しながら人生を終えた方が生まれていく世界です。


地獄の世界は、ささいなちょろまかしや、ちょろまかそうと心に思った罪まで問われるそうです。

【黒縄地獄】(こくじょう)

「縄の下には多くの熱の釜あり。〈中略〉鉄山(てっせん)を負わせて縄の上より行かしめ••••」

どのような地獄かと言いますと、山がある。

普通の山ではなく巨大な鉄の塊が隆起して向かい合っている。双方の頂上にポールが立っている。ポールからポールへ鉄の鎖が張られ、この黒縄地獄に堕ちた者は、いやおうなくに山頂に引き立てられ鎖の上を渡らされる。

『カイジ』を読んだことのある方は見たことがあるだろう。無い方はレンジャー部隊や消防隊の訓練を思い出してください。


ただ地獄には命綱などはありません。

皆、鉄のおもりを負わされています。

目も眩むような高さであります。

罪人は膝を震わせながら、ひたすら足元だけを見つめて、一歩一歩進んでいく。

足を運ぶたびに背中のおもりが微妙に動いて、重心を危うくします。

鎖は揺れます。冷や汗が吹き出して最後には前にも後ろにも進めなくなってしまう。


そして落ちていくのが、グラグラと煮えたぎる巨大な釜の中でした。

その時、獄卒の声がします。

「心は是、第一の怨(あだ)なり。此の怨、最も悪と為す。此の怨、能(よ)く人を縛って閻羅(えんら)の処に送り至らす」と。


お前は一人苦しむがいい。

お前の心の報いだ。


肉身は誰一人助けてはくれないのだからと言う。

罪人は煮えたぎる釜の中でそれを聞かされている。


▶️他人事ではなく、他ならぬ自分のこととして読んでみてください。

阿弥陀如来さまや諸仏の願いは堕ちていく私たちを堕としはせんぞ、だから目覚めてくれ、まかせてくれと南無阿弥陀仏の声となり私に届いていてくださいます。


盂蘭盆は、ご先祖のためではなく、今罪を作りながら地獄行きの人生を歩み続ける私を心配して、南無阿弥陀仏を聞いてくれ、仏法聴聞してくれとの親のよび声であります。


誤魔化してはなりませんよ。人は誤魔化せてもご先祖、仏さまは見ておいでですよ。

ホテルは薄利で私たちに快適な空間を提供してくださいます。勝手な理屈で持ち帰ってはなりません。因果応報、必ず我が身に災いとして返ってきますから。

あなたも誰かに何かを盗まれたら腹を立てるでしょう。だったらあなたはそれをしないように心がけましょう。


南無阿弥陀仏をいただくと少しずつ、わかる私にならせていただけますよ。

南無阿弥陀仏

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