法喜
- 超法寺の住職

- 2 時間前
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慈光はるかにかぶらしめ ひかりのいたるところには
法喜をうとぞのべたまふ 大安慰を帰命せよ 「浄土和讃」
『長老偈』に「すみやかに妙好の声をあげたまえ。白馬がその首をもたげて、おもむろにうたうように
余念なく聞くであろう」との文がある。
生涯に七千もの詩をもって阿弥陀如来の大慈悲を歌いあげた浅原才市さんには、さながら桃源郷の美妙な歌を聞く思いがする。
なむあみだぶは、わしの心に花さく領解。
花をもろうて花見する。
よろこびは絶えもせず、ざんぎも絶えもせず。
よろこび・ざんぎは胸の花。
才市さんは、現在の島根県大田市温泉津町に生まれた。
若い時に仲間に誘われて博打を打ち、警察に捕まって世の中が怖くなり仏法を聞き始めた。その後、四十五歳の時に父が亡くなり、父の遺言は「南無阿弥陀仏」であったそうです。才市さんの信心の花は五十歳過ぎであった。
わたしゃ久遠のまよいでも、わしのおやさま、久遠のおやで、
ご恩うれしや、なむあみだぶつ
長い間に真剣な聞法を経たからでしょうか、見事に如来の本願のせかいをとらえ、信心と名号、慚愧と歓喜(ざんぎとかんぎ)、念仏と生活などについて他力の教えの真髄を少しも逸脱することなく、自由奔放にうたいあげたのでした。
なつかしや、なつかしや、親様なつかしや。
なつかしの心にぞ、親にもろうたなつかしの、なむあみだぶつのなつかしの声。
しかし現実の生活は地獄の火のような苦悩の連続であったそうです。
娘夫婦と意見が合わず家から出ていかれたこともあり、妻との阿修羅のような葛藤もありました。あさましき自身の姿に「邪見・驕慢・悪才市」とうたわれたのでした。如来はそんな才市さんを見捨てずあたたかく包んだのでした。
あさましや、才市・心の火の中に大悲の親は寝ずの番。
燃える機をひきとりなさる、親のお慈悲は。
才市さんは、本願力の中で思う存分人生を生きられました。
「うれし、うれし、生きるがうれし、なむあみだぶつ」
「世界をおがむ、なむあみだぶつ。世界がほとけ、なむあみだぶつ」
死に急ぐ人にこそ才市さんの詩を読んでいただきたいです。
その上で仏法聴聞することに精進して生き抜いて欲しいと願うばかりです。
生き抜いていくことがご供養です。ご恩報謝は生きていくこと。
自ら命を放棄しても何も解決はしません。もちろん苦悩から解放もされません。
苦悩から解放されるには南無阿弥陀仏を我が身にいただくしかありません。
どうか、命を投げ出す前に仏法を聞いてください。
南無阿弥陀仏




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