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「取り越し苦労」由来

更新日:2023年11月16日

皆さま、おはようございます。

結局のところ住職は朝まで起きていました。

通夜布教のお聴聞をさせていただきました。

それぞれの親鸞さまへの敬愛の思いをお聞かせいただきました。

大きな喜びと学びをいただいた思いがします。

改めて仏法聴聞の大切さを痛感しました。


しかしながら、初老の身にはなかなかこたえます。

目がしょぼしょぼしておりますよ。おじいちゃんかよ。

朝な、朝なに、み教え仰ぎ、清き務めに勤しむ我ら🎵

『朝の歌』です。

いやあ、やっぱり仏教讃歌って清々しい気持ちになりますよ。


今日のお昼で報恩講も満座です。

築地本願寺の皆さま、お疲れさまです。

親鸞さまア、有り難うございました。南無阿弥陀仏


あなたのおかげでこの苦悩の人生が安らぎの人生と知らされました。

どんな苦悩もひとりぼっちじゃない。

阿弥陀さまとご一緒の人生と知らされました。

私が私で良かったと思える、そんな素晴らしいことを、親鸞さまが教えて

くださいました。そして、こも浄土真宗のみ教えを私に伝えてくれたご先祖さま、

あなたのおかげで私は生まれてきて良かった、生きてきて良かったと知らされました。知るまでは愚痴や不足ばかりの人生でした。

嫌な言葉を吐き、生意気な態度で多くの人を困らせ、嫌な気持ちにさせましたね。

ごめんなさい。


それなりに、私にはちょうどいい人生を歩ませていただいています。

これで不足を言ったら申し訳ありませんよね。

「これでいいのだ!」


他人と比べてばかりの愚か者です。私は私で、他者ではないのです。

だから比べても意味がないんだと知らされました。

私で良かったと教えてくれた皆さまは私の善知識さまでありました。

親鸞さまが90年の境涯を南無阿弥陀仏とご一緒に歩まれたこと、

これからも私の人生、お念仏を燈にして歩んでいきます。

あとどれくらいで時間が許されているかはわからないけど、与えられた時間を

この世に育んでくれた両親に感謝の思いを忘れずに頑張って生きていこうと思います。でも、いい加減な奴ですから皆さまのお力に頼らねば難しいかもね。


さて、皆さまは「取り越し苦労」って言葉を知っていられますでしょうか。

これは、[どうなるかわからない将来のことを、あれやこれやと考えるムダな心配が、ムダな苦労となる]🟰「取り越し苦労」というようになったそうです。

豆知識ですよ。えっへん。


報恩講は親鸞聖人のご命日前後に、親鸞聖人への報恩謝徳のために営まれる法要で、浄土真宗では一番大切にされている法要であります。


浄土真宗の教えをお伝えくださった親鸞聖人のご命日を縁として、そのお徳に感謝し、私が仏さまの教えを聞かせていただく大切な集まりということです。

親鸞聖人の恩に報いる集い(講)だから報恩講というのです。

全国から門徒や浄土真宗の寺院がお参りされます。


○浄土真宗本願寺派(西本願寺)では、旧暦の(11月28日)、新暦の(1月16日)に御正忌に勤めます。

同じ日に、全国の寺院でも自分のお寺で報恩講を行いますので、11月28日に報恩講を行うと西本願寺へお参りできませんから、浄土真宗の末寺や門信徒は、ダブルブッキングとならぬように、日にちを繰り上げて報恩講を勤め、陰暦10月に門信徒を回って法要を営み、寺院や門信徒が揃って報恩講にお参りできるようにしています。築地本願寺では11月11〜16日に報恩講を勤めています。

浄土真宗本願寺派の住職はご門主ですから、もちろん一人です。

ですから日程をずらせたりして報恩講を勤めています。


あ〜良かった。取り越し苦労にならなくて。


こういう経緯で、浄土真宗では、親鸞聖人のご命日🟰報恩講を繰り上げて法要を行うという「御取り越し🟰おとりこし」という言葉が生まれました。

それが転じて、何かを繰り上げて先にすることや、先のことを考えるのを「取り越し」といい、報恩講の日にちが重なったらどうしようという将来の心配事は「取り越し🟰すなわち、日にちをずらすこと」で、一気に解消され徒労に終わりました。


親鸞さまは南無阿弥陀仏に抱かれて浄土へ往生されました。

私たちも、親鸞聖人のお示しくださったお念仏をこの身にいただいて、仏法聴聞を怠らず生きていって必ず往生させていただきましょう。合掌念仏



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