親が我が子に教えるべきこと
- 超法寺の住職
- 6 日前
- 読了時間: 4分
皆さま、おはようございます。
久しぶりに我が家で朝を迎えました。
昨夜はよく寝ました。
今回の広島はさまざまなことがありました。
良いこともあり、予期せぬこともありました。
しかしながら私は父の故郷は人間的に心豊かな人がたくさん住む場所だと考えていました。
それは令和の今も変わらずのままであったと思います。(個人的見解です)
あまり地元民に会うことはありませんでしたが(過疎地のため)、それでもこの首都圏では考えられない環境には違いないと感じました。
さすがに私がここへ住むのは難しいけど、田舎として思い出がたくさんある北広島町は大切な場所ですね。
さて仏教のお寺に所属する家を【檀家】(だんか)と言います。
超法寺にも少しずつ檀家(門徒)と呼べる方が出てきました。大変有り難いです。
【檀】とはインドのダーナという言葉の音写で【布施】という意味です。
つまり檀家とは、お寺に布施をしてくださる家ということです。
【布施】は、仏教の最も基本的な【行】です。
お金や物、行為を他人に施すこと。
また、優しい言葉をかけてあげる、笑顔で人に接したりするのも布施にあたります。
仏教という教えは、「相手のことを思いやって施しのできる人間になりましょう」という教えなのです。布施が仏道修行の徳になるには、施したもの、施した相手、施したことは心に残してはならないと教えられます。
これがなかなか難しいのです。
皆さまはできるのでしょうか。
してもらったことはすぐに忘れるのに、してやったことは忘れません。
だから仏道の行じ難きことが知らされますね。
お念仏の人は、徳を積むために布施をするのではありません。【ご恩報謝】で布施をするのです。「するんじゃない、させていただくのです」と、相手のことを思いやり布施をするのです。
ちなみに浄土真宗の檀家は【門徒】と言います。親鸞聖人の門徒として、浄土の門に通じた人生を歩むがゆえに門徒というのです。
以前読んだ心療内科医、星野仁彦さんの『機能不全家族』には、
⚪︎犯罪者の多くは幼児期から温かいぬくもりがない家庭で育ち、母親の包み込む愛情による「安心感」や、信頼できる父親による「規範意識」のしつけが欠如しています。
⚪︎母親への甘えを抑えていた子どもの不登校。幼児期に母子関係において愛情独占欲求が満たされていない。話を聞いて欲しい時に聞いてもらえる、抱っこしてほしいときに抱っこしてもらえるという安心感がとても大切である。
親にとって「手のかからない良い子」になりがちなのです。あまりに「お利口な」子どもであることは、むしろ危険信号と思った方がよい。
⚪︎母親がいつも父親の愚痴を子どもに聞かせる。夫婦喧嘩が絶えない。
男の子にとって父親が「尊敬される対象になっていない」家庭が危険です。
◎父親が男の子に教えるべきことは三つあります。
①性教育
②規範意識と道徳意識
③人生の目標意識
星野仁彦さんは、「カゲのうすい父親、過干渉的な母親が家庭病理を作っている」と警鐘を鳴らしています。
皆さまはどう思われましたか。
私は親になれずにいますから客観的にしかわからないですが、子どもさんで悩まれている親御さんは是非この本を買い求められ参考にしてもらえたらとご紹介しました。
私はお恥ずかしながら、父親への愛情独占欲求が強かったのに最後まで満たされることがありませんでした。父親に褒められたい、でも厳しいばかりで辛い幼児期だったように思い返します。父親を責めてはいけないのでしょうが、私はずっとそれを持ち続けていました。
南無阿弥陀仏に励まされての人生や、それを補ってくれた母親の深い愛情が何とか今の私を私にしてくれています。
今回広島へ行き改めてそのこと、その思いを新たにしたのでした。それでも私が生まれて祖父母がたいそう喜んでくれたと話してくださった方がありました。
祖母は実感としていつも「雅裕や」と声をかけてくださいました。おばあちゃんありがとう。
またお会いするまで精一杯やっていきたいと思いました。
さて今日は前橋市まで行きます。
どのような新たな仏縁に遇えるか楽しみです。
皆さまも良い週末をお過ごしください。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏
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