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阿弥陀さまのお願い

更新日:2021年11月27日

絶対他力のお念仏

阿弥陀如来のご本願(阿弥陀如来からのお願い)を素直に聞いて受け取ることを言います。


一般的に他力本願とも言います。

南無阿弥陀仏を声に称えます。

(自力ではありませんのでお腹の中ではあり得ません)


何故かと言えば、自力では悟りを得て仏(往生)になることができないからです。


ただ(唯一)念仏申すが浄土真宗です。


お念仏の無い浄土真宗はございません。

だからといってお念仏を称えさえすればいいわけではありません。(ここが一番難しいのですね)だからこそ普段から仏法を聞く(聴聞)ことを大切にしています。


阿弥陀如来のはたらきによってのみ私がお念仏を称えることができます。

つまりは阿弥陀如来は、「必ず救う!我にまかせよ」とはたらいていてくださいます。

その「お願い」を受け取れた証が、私の愚痴や他人の悪口を言う口に「南無阿弥陀仏、ナンマンダブツ」と、声にあらわれてくださるのです。


つまりは、私の方から言えば、「阿弥陀さま、地獄を日々作りながらしか生きていけない私を救っていてくださり有難うございます。」という感謝のお念仏なのです。


皆さまも、感謝の言葉は心の中でより、嬉しい気持ちがあればあるほど声となって自然に出てきますよね。

同じです。誰かから感謝しなさい!は苦痛ですよね。

阿弥陀如来は、別に私に見返りなど一切求めておられません。

それよりも、お念仏を称える人が一人でも増えたら嬉しくてしかたがないのだそうです。


ですから、浄土真宗のお経〈仏説無量寿経、仏説観無量寿経、仏説阿弥陀経〉はすべて喜びの世界です。

また、〈偈〉という歌のようなもの、正信偈、讃仏偈、重誓偈なども同じ意味です。

私の側の雑念など何一つ要らないのが浄土真宗のみ教えなのです。


◇何と称えたらいい


阿弥陀如来におまかせします、の意味ですから、基本的には南無阿弥陀仏(ナンマンダブツ)とお称えします。

他には、なまんだぶつ、と言う方もあります。

真宗大谷派では、南無阿弥陀仏(ナムアミダブツ)と言われるそうです。

意味は同じですから問題ありません。


ただ、黙って手を合わすのはやはり間違いです。浄土真宗では、合掌=お念仏を称える

が原則です。


◇何回称えればいいのか


浄土真宗は他力本願のみ教えを大切にしていますので「数」は問題にはしません。


基本は6回と言われます。

(一呼吸半)


そもそもが、阿弥陀如来への感謝を表すものですから、嬉しいと思えば思うほど数も、声も多く、大きくなることでしょうね。


❎いかなる時も、黙って合掌礼拝する作法は浄土真宗本願寺派にはありません。



どうぞ皆さま、お称えしてみてください。

皆さまを仏縁に誘われた方々が笑顔で喜んでくださいますよ。

笑顔でいっぱいになる世界が浄土真宗の素晴らしいところですから。


私も辛いとき、悲しいとき、そして嬉しいときに南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と口ずさんでいますよ。歩きながら、車を運転しながら、お掃除をしながら•••••いつでも称えます。

南無阿弥陀仏がある場所にはいつも仏さまが、ご先祖がご一緒くださいます。


仏壇の前やお墓の前でしか称えられないのは、本当の念仏者とは言わないとご教示いただいています。いつでもどこでも何度でも•••南無阿弥陀仏がホンマもんですね。

(仏壇の前やお墓の前でも口から南無阿弥陀仏が出ないのが一番困りますが笑)



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