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天国じゃないのよ、もちろん虹の橋でもないよ

更新日:2025年9月21日

『正信偈』は私たち浄土真宗のご縁をいただきます方々には大変身近なお勤めであります。

「帰命無量寿如来」から始まります。

中には法蔵菩薩さまがやがて阿弥陀仏になられるのですが、法蔵菩薩さまのお師匠が世自在王仏(せじざいおうぶつ)です。


世自在王仏をほめたたえた偈文が『讃仏偈』です。光顔巍巍 威神無極[世尊の顔は気高く輝き、その神々しいお姿は何よりも尊い]

と、世自在王仏のお徳を讃嘆した後、願我作仏 斉聖法王 過度生死 み不解脱[願わくは、私も仏となり、この世自在王仏のように迷いの人々をすべて救い、さとりの世界に至らせたい]


⚪︎三摂(さんしょう)の願

このような仏になりたい【摂法身】(しょうほっしん)

こういう浄土にしたい【摂浄土】

人々をこんな身に育てたい【摂衆生】


皆さまは、お浄土がいくつあるかご存知ですか。西方極楽浄土だけだと思っていませんか。

浄土とは本来、さとりの境地に入った仏•菩薩が住んでおられる「清浄な仏国土」のことなのです。

サンスクリット語の経典では、浄土は「ブッダ•クシェートラ」=仏国土、そういわれています。ですから浄土はおびただしい数があります。仏さまの数ほどあることになります。


例えば、阿閦仏(あしゅくぶつ)の妙喜国、薬師如来の浄瑠璃世界、大日如来の密厳浄土、毘盧遮那仏の蓮華蔵世界などが代表的な浄土として知られていますね。


『華厳経』(八十華厳)の蓮華蔵世界の内容で、全宇宙を網羅する二百一億と言われています。


二百一億の浄土


世自在王仏は法蔵菩薩のために、これらの浄土の成り立ちや、その国々に住んでいる人々の善悪と国土の優劣を説き、それらすべてをお見せになられました。


法然聖人の『選択集』(せんじゃくしゅう)によれば、地獄•餓鬼•畜生の三悪道(さんまくどう)のいる国土と、三悪道のいない国土、すべてが黄金人である国土、往生した人の姿•形に好醜のある国土、好醜のない平等な国土•••••

これだけあげただけでも気が遠くなりそうです。これが何せ二百一億あるのだから。


法蔵菩薩さまは、あらゆる人々を救ってさとりの世界に導いていきたいという、この上ないすぐれた願いなのです。


「私が仏になったら⚪︎⚪︎⚪︎のことは実現させます。もしそれができないようなら私は仏になりません」という誓いが込められています。

それが希有大弘誓であります。


五劫という長い長い時を、あの手でいこうか、この手でいこうかと考えぬかれたのです。だからでしょうか、葬儀の際には【五劫思惟之摂受】(ごこうしゆいししょうじゅ)を一音上げて唱します。

大切なお言葉なのですね。


は、サンスクリット語「カルパ」の音写「劫波」の略語で、古代インドで最も長い時間の単位です。

芥子劫[四方と高さが一由旬(ゆじゅん)およそ六十キロメートルと言われるが諸説あり。]その中に芥子を充満し百年に一度、一粒の芥子を持ち去ってすべての芥子がなくなってもまだ劫は終わらない。

これが五回繰り返されるほどの時間をかけて考えぬかれたといわれます。


私たちが考えたのとは次元が違います。


『重誓偈』には、わたしは世に超えすぐれた願をたてた。必ずこの上ないさとりを得よう。

この願を果たしとげないようなら誓って仏にはならない。


わたしは限りなくいつまでも、大いなる恵みの主となり、力もなく苦しんでいるものを広く救うことができないようなら、誓って仏にはならない。


わたしが仏のさとりを得たとき、その名はすべての世界に超えすぐれ、そのすみずみにまで届かぬようなら、誓って仏にはならない。


この三つの偈に四十八願の要点を重ねて誓われるので【三誓偈】ともよばれます。


一、人々を救うために、最高の仏になろう。

二、苦しみ悩むすべての人を救いたい。

三、その方法は、南無阿弥陀仏の名号を与える

  ことである。そのためには名号を世界の

  隅々まで届かせたい。

名声聞十方となったのでしょう。


⭕️親鸞聖人の【五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり】『歎異抄』

もちろん前提は、私が罪を重ねていかなければ生きてはいけない煩悩具足の凡夫であるという自覚が大前提であります。


かなり本格的な話になりましたが、わからない、変わらないわたしのためにすべてをお引き受けくださいまず、阿弥陀さまの誓願におまかせしていくこと、それが他力であります。

阿弥陀さまをこちらにおいてはわからなくなります。


こちらを阿弥陀さまに寄せていくのが大切であります。それは仏法聴聞する日暮らしにこそ知らされていくものだと思います。


このような深い誓願が私に向けられていることを思いながら『正信偈』を読ませていただきましょうか。

南無阿弥陀仏

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