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おめあては誰?

皆さま、おはようございます。

今日も良いお天気に恵まれました。

有り難いですね。

おかげさまにて私はいつも通りの朝を迎えています。


今日も新たなお出会いをさせていただきます。


さて、日頃から阿弥陀さまのご本願をお聞かせいただきながら過ごしています。

これが一番有り難い。


一人じゃないぞ!

阿弥陀が一緒だぞ!


と、自分の殻に閉じこもりあてにならない生き方をしようとする私に、大丈夫だからまかせよと、今日も「南無阿弥陀仏」と声となってはたらいていてくださいます。


有難うございます。


お聴聞をさせていただくとその度に知らされます。


私たち人間は、聞いても聞いてもなかなか受け取れずにいます。

「わたしガ」が邪魔をするのです。


私ガ頑張っているんだから。


私ガいるから。


聞けば聞くほど、


夫がいればコソ。


子どもがいればコソ。


あなたがいればコソ。


と私の考え方が、私のモノの見方が少〜しずつ変わってくるのです。

本当に少〜しずつです。


人間は煩悩具足だから、なかなか変われない。


変わるはたらきは阿弥陀さまの他力のお力添えがあればこそであります。


だからいつも阿弥陀さまのご本願を仰いで生きねばならないのです。


そうしないとすぐ自力(私ガ)になってしまうのですね。私はあてにはなりません。

私ぐらいあてにならない生き方はないよ。


南無阿弥陀仏をいただく、南無阿弥陀仏をお称えする中に、「一人じゃないよ」と知らされます。

私はいつも、「一人じゃないよ」「大丈夫だよ」と自分に言い聞かせながらお味わいしています。


そうそう、人間は【66日間繰り返す】と、習慣になるそうですよ。

ナンマンダブツ、ナンマンダブツと朝な夕なにお称えしてみませんか?

身につくと、本当にいつでも愚痴ばかりの私の口にナンマンダブツが出てくださいます。


今日もナンマンダブツと共に力強く生きていきたいですね。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏


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