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あるがままに見る

とんちで有名なお坊さん、一休さんって知っていますか?

昭和に生きた人はテレビアニメを見ているかもしれません。

「一休さん、は〜い。慌てない、一休み」


その一休さんがいた時代の話です。

実は一休さんは蓮如上人と親友だったことはご存知ですか。


ある時、一休さんが駒札にどう見てもぐにゃぐにゃに曲がりくねっている松の絵を描き、「この松を真っ直ぐに見れた者に褒美を取らせる」と。

皆はどんなに見ても松を真っ直ぐに見れずに、物知りで有名だった蓮如上人の所へ行って尋ねた。


すると蓮如上人は笑いながら「これは曲がったまま真っ直ぐなんだ」と言ったそうです。すると村人たちは一休さんの所へ行き、「わかりました」と蓮如上人に言われたことを伝えると、一休さん、「お前たち、駒札に書いてあることを全て読んでいないな」と言われた。そこには「ただし、蓮如には聞いてはならん」とあったのです。

もちろん一休さんは蓮如上人と親友ですからわかるということを知っていたのです。


私たちは、常に自分の常識や偏見で物事を見ようとします。

仏法にしても、どうしても自分の常識で理解しようとするのです。

だから聞いても聞いてもわからないのです。

どんなに素晴らしい仏さまであっても、こっちへ持ってくるからわからなくなります。


「欲」に生きる私たちに真実なる仏さまを持ってくると地獄(自業苦)が近づく。

あるがまま、ありのまま、仏に委ねる(まかせる)からこそ見えてくるものが仏法のお心なのですね。


比較などしても意味はありません。私は私でしかないのですから。

しかし「欲」に振り回されるから、比較して不足を言いたくなるのですね。

私は私、それで私には丁度いいって受け止めてごらん、楽になるし、幸せに思えるようになりますよ。


今あるところに幸せを見つけることが大事なのです。

仏さまは、私とご一緒くださるのです。どこかじゃないんです。

私とご一緒くださるのですよ。それを忘れないでくださいね。

南無阿弥陀仏


※先日、うちの子たちと慰安旅行に浜名湖まで行ってきました。舘山寺という曹洞宗のお寺に仏像がありよく見ると、故安倍晋三さんによく似ていましたよ。


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