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三界萬霊(さんかいばんれい)の言葉から知る

長い間、僧侶としての歩みを続ける中、未だに意味がわからないものがあります。

[三界萬霊]という位牌を目にすることがあり意味がわからないので、ご紹介します。


仏教で言う三界(欲界・色界・無色界)に存在する、あらゆるものの霊を一切区別なく供養すると言う意味で、寺院の「三界万霊塔」や位牌などに刻まれる。


三界 欲界とは、欲望に縛られた世界

   色界とは、物質的だが欲望を離れた世界

   無色界とは、物質を超え精神のみの世界


万霊 三界に属する、すべての生命あるもの(有情)の霊を意味する。


供養の対象と目的

○先祖だけでなく、無縁仏や戦没者、行き倒れ、災害・事故で亡くなった人など

 供養されにくい霊を含めて弔う。


○「有縁無縁三界万霊供養」として、縁の有無を問わず一切の霊を慰め、地域の安寧や争いの鎮静を祈る意味も持つ。


実際に見られる場面

○本堂脇や墓地入り口などに、「三界万霊塔」が建つ寺院が存在する。

もちろん、浄土真宗にはございません。


○施餓鬼や盂蘭盆会などの法要で、「三界万霊供養」と記した塔婆・木札を立て、

 読経・回向を行う例が多い。

もちろん浄土真宗にはございません。


このような意味で行なっているようです。

しかし私には疑問があります。

弔うこと、供養すること、回向することは誰がするのでしょうか。


弔うこと、私たち人間がどうやって弔うのでしょうか。

供養する、香・花・灯明・飲食などを捧げて冥福や安穏を祈る行い全般を指す。

仏教由来と言われますが煩悩具足の私たちがするものではなく、阿弥陀如来の本願によること以外にはこのようなことはなされないのでは無いでしょうか、

回向することも、自力では決して成し遂げられるものでは無いと思います。

そもそも仏教を開かれたお釈迦さまは、霊・魂について論じられはおられません。


お釈迦さまが説法されたものが仏教といわれるのです。

仏教といえば何でも解決するなどと言う論理は排除しなくてはならないのではないでしょうかか。

他力回向とは、阿弥陀如来の本願力(他力)が、私たちに「阿弥陀如来のおはたらきにまかせて、称えさせて救う」というものです。

自力では解決しません。

南無阿弥陀仏の中に全ての功徳を込めてくださいます。

その功徳を南無阿弥陀仏をお称えさせていただく中に回向があるのです。


往相回向

 往生・成仏 「阿弥陀如来が衆生を浄土へ導くはたらき」

還相回向

 他者を導く菩薩行 「浄土に生まれたものを迷いの世界へ還って浄土へ導く」


親鸞聖人は、『正信偈』に往還回向由他力と言われています。

また、親鸞聖人は他力とは如来の本願力なりとはっきりおっしゃっておられます。

他力は阿弥陀如来のはたらきによってのみで、私がの「が」があれば皆自力です。


お念仏は私の功績ではありません。頑張ったから称えられるものではありません。

阿弥陀如来のおはたらきによって私が称えさせていただいているのです。

自力念仏では救われません。


大切なこと

○他力回向の自覚は「自分の力で生きている」と言う思い上がりを見つめ直す契機とするべし。

○苦難の中でも、阿弥陀如来のはたらきに支えられているこの命として、自他を大切に生きる姿勢に導かれる教えです。


南無阿弥陀仏



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