top of page

本願召喚の勅命なり

皆さま、おはようございます。

今朝はまた寒い朝になりました。

また雨になりそうですね。

春を迎えるには毎年これを乗り越えねばなりません。ただ寒くなると老体には厳しいです。

昨夜は湿布貼りまくり、痛み止め飲んで寝ましたがほぼ眠れませんでした。

今回はかなり症状が悪い気がします。

しばらく治療に専念したいですね。


しかしながら入院にならずに済んで助かりました。もし相手がトラックであの勢いでぶつけられていたら入院コースだったと思います。

車を運転している以上、事故から逃れるのは難しいでしょう。

今日は接骨院へ行きます。

他人さまの手を借ります。

人間はやはり一人では生きられません。


超法寺は一人で勤めているため事故や病気になるとダメージが大きいです。早くお寺にならないと運営に支障が出てしまいます。


今朝は親鸞聖人のお言葉、【帰命は本願召喚の勅命なり】をお味わいします。

【帰命】は、疑いの心を外し仏さまを素直に受け入れていくこと。

【勅命】は、天皇陛下の命令ということ。

昔は国民にとって天皇陛下は絶対的な存在でした。天皇陛下の命令は一度出されますと引っ込みがつかない。取り消しがつかない絶対的なためのだったのです。

親鸞聖人は仏さまの教えを天皇陛下の命令と同じように取り消しがなく、絶対的なものと味わわれたのではないでしょうか。

【本願】は、仏さまが私たちのことを願っていてくださるという意味です。真実の世界に目覚めてくれよの願いです。

【召喚】呼び続けられている。

私たち人間というものは、自分は間違いない人生を生きていると思っています。

しかしながらそうではありません。

[老いる]というのに若いからと若さにとらわれます。[病気になる]のに、病気になると驚いたり、悲観したりします。[死んでいく]命を生きているのに死にたくないと死を恐れます。

【真理】がわからない生き方が私たち人間なのです。だから素直に仏さまの願いを受け入れることができないのです。


しておかねばならないことを怠ります。

気づかせてくださった親やご先祖さまをすぐ忘れ、無常の世界の中に埋没していきます。

そのような危うい生き方を心配し、気づいてくれよ、目覚めてくれよと願い続けておられるのです。【南無阿弥陀仏】の声となってはたらいていてくださいます。

どんなことがあろうとも、決してあなたを見捨てない、いつも一緒だよ。だから南無阿弥陀仏と一緒なんだと生きてくれよの願いが【まかせよ、救う】なのです。


恩師は「ガ(我)を捨ててゲ(おかげさま)に生きよ」と、おっしゃいます。

なかなか我への執着を離れることは難しいものであります。離れられず「苦」にあり続ける私たちを南無阿弥陀仏となり包んでいてくださいます。だから辛くても幸せなのです。


親鸞聖人はご和讃に、

南無阿弥陀仏を称えれば

十方無量の諸仏は

百重千重囲繞して

よろこびまもりたもうなり

と、お喜びしておられます。


辛くても苦しくても阿弥陀如来は私とご一緒にいてくださるのに「我」に執着して苦悩している私たちであります。だから南無阿弥陀仏がこの口にいただけないのです。号令をかけられても称えられないのです。「我」への執着があるうちは称えられない、称えても身にならないお念仏になります。【自力】では私たち凡夫「死ぬまで煩悩から離れられない」は救われません。だから阿弥陀如来は【他力】のはたらきを南無阿弥陀仏に込めて喚び続けておられるのです。ご先祖さまは、諸仏のはたらきとなり素直にならない私たちを見捨てることなく、南無阿弥陀仏と喚んでいてくださるのです。

ご先祖さまのためと思うならば、そろそろ素直にこの愚痴の口に南無阿弥陀仏を称えられる私になりましょうよ。

有難うというなら、南無阿弥陀仏と称えましょう。そして何があってもお浄土に生まれさせていただいて仏さまにならせていただきますと言える私になりましょうよ。


東日本大震災の被災者で未だ見つからずにいる方を思うならば先ずは私が南無阿弥陀仏を称えられる私になることなのです。

我が名【南無阿弥陀仏】を称える者を阿弥陀は必ず我が国【浄土】に生まれさせ、二度と輪廻転生(迷い)しない悟りの仏にすると阿弥陀如来は重ねて誓われておられます。『重誓偈』

頼もしい仏さまでありますよ。


私はそれを知ることができました。

おかげさまで常に我が口に南無阿弥陀仏が出てくださいます。私は苦しいときは阿弥陀如来も苦しんでいるのだから、私は辛くてもおかげさま、おかげさまと喜んで生きていきたい。

それがご恩報謝ではないでしょうか。


われ称え われ聞くなれど 南無阿弥陀

つれてゆくぞの 親のよびごえ



如来の本願は 風のように身に添い

地下水の如くに 流れ続ける


今日も一日、南無阿弥陀仏を我が口に称えながら、私を生きていこうと思います。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏


閲覧数:21回

最新記事

すべて表示

Comments


bottom of page