秋季彼岸会
去る九月二十六日、坂戸市尊光寺住職・成田尊信師をご講師に迎えて秋季彼岸会をお勤めしました。今回は五名のお参りをいただきご一緒にお聴聞させていただきました。講師は優しい表情とお言葉でわかりやすくお取り継ぎしてくださいました。
講師は住職の幼馴染で縁あって長くお付き合いさせていただいています。
今は同じ埼玉県で寺院活動をさせていただいていますが、日頃より大変良くしていただいています。一度、末田がどのようなところでお寺をしているかを見ていただきたいと思っていましたので良いご縁になりました。
仏法は難しいと言いますが、それなのにどうしてでしょうか皆さんは難しい仏教書を買い求めて読まれています。不思議です。読んでも消化できなくては意味を為しません。だからこそ、お寺で仏法聴聞を重ねる中に少しずつ消化していくのです。
それはまるで幼子が親が咀嚼してくれたものを口にして消化しやすくしているものと同じではないでしょうか。仏教では昔から説法を聞くというのは、少しでも受け止めやすいようにするためにそうやって聴聞するのです。
学校でも先生が少しずつでも丁寧に説明してくれるからこそ、わからないものが理解できるようになるのと一緒です。だから学校に行かなかったり、授業中に寝てばかりいるとわからのはそういうことです。お恥ずかしながら私はそんなもったいない学生生活だったと思います。
彼岸は、仏さまの世界について聞く仏縁であります。
聞かない人は、自分は死んだらどこへいくのかわかっていません。
お墓で眠るのか、地獄へ行くのか、天国に行くのかそれとも・・・。
自分の命の行方がわからないから常に不安を抱え、苦悩の中で一喜一憂するばかりなのです。
よく時間があったらお寺に参りますね、という方がおられますが、そう言ってお寺に参ってくる人はありません。
時間は作っていくものですから。
皆さんも、飲みに行くのもゴルフに行くのも、旅行に行くのも、時間があったらではないはずです。時間を作って行くのです。
ましてや他人やご先祖のためにでは時間を作る優先順位がかなり低いのではないでしょうか。
楽しくないからでしょうね。
でも、人生ってこれからどのように生きて行くかを知るって実はめちゃくちゃ楽しいのですよ。安心して堂々と生きていけるのですから。
ましてや死んだ先までご一緒する方に今遇えるのですからこんな頼もしい世界があるって知れたら人生寂しくなんかないよ。
超法寺では次は十一月二十八日に親鸞聖人報恩講を京都八幡市、山本泉茂師をお迎えしてお勤めします。是非、時間を作ってお寺にお越しください。
山本先生は住職の学友です。高校のです。
南無阿弥陀仏





コメント