阿弥陀の眼の中で生きてみよう
- 超法寺の住職

- 8月2日
- 読了時間: 2分
皆さんは普段から他人の眼が気になっていますか?
でもよく考えてみましょう。
私は誰のために生きているのでしょうか。
もちろん自分のためでしょう。
それなのに周りの眼が気になって仕方ないって人は多い気がします。
見られたい欲求があるのでしょう。
しかし人間は真実の眼を持ってはいません。
比較することはあってもです。
人間はどれほど貧しくても、周りに温かい眼があれば生きていけるものです。
私もおかげさまで、決して裕福でもイケメンでもありませんが、多くの人たちの応援やお支えによってこうして生きています。
逆にどれほどものに恵まれていても、世間より冷たい眼、意地の悪い眼差しの中では生きていけない存在です。
多くの人は、人間同士の冷たい視線を浴びたとしても、負けるもんかと懸命に頑張って生きようとします。
負けたらダメなんだと生きてきたのです。
しかし、自分は周りからどう見られ、どう評価されているかという思いに縛られて結局は世間の冷たい眼の中から抜け出せなくなってしまうのです。
その目線を変えていくことで私の生き方がガラッと変わっていきます。
「南無阿弥陀仏」と阿弥陀さまのみ名をよぶことで、阿弥陀さまの「あなたを決して見捨てない」という温かな眼差しの中に我が身を置くことです。
何もしないで、自分の思いに囚われていては世間の冷たい眼から前を向いて生きていくことはできません。
浄土真宗の宗祖親鸞聖人は、世間の冷たい眼にさらされた時、いつも「南無阿弥陀仏」と、阿弥陀さまのみ名をよび、色々な人との出遇いの中で、温かい阿弥陀さまの眼差しを我が身にいただきながら生きていかれました。
そう、「ただ仏恩の深きことを念うて」生きていかれました。
私たちも、自分勝手な偏見に眼を向けないで、真実なる仏の眼を我が身にいただいて生きてみましょう。
きっと生きていて良かったと思える人生が広がっていくはずですよ。
南無阿弥陀仏




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