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「道」を見いだすには

皆さま、こんにちは。

風が冷たくて年末を感じさせられます。 皆さまにとって今年は良い年だったでしょうか。

特に若い人は思い通りになりましたか。


「迷い」から、いつまでも抜け出せない人


若くて力があるのに、怠けて楽ばかりしている

人は、何も成し遂げることができません。

そういう私も二十代前半は夜のクラブ活動に日々勤しんでいました。夜から早朝まで。

だからテレビなんか見る暇はありません。

パリーグの三つ巴など興味を引くもの以外はほぼほぼ興味がなく、スポーツ紙ばかり見ていましたね。もっと人生勉強ばかりじゃなく、浄土真宗の学びをすればよかったなぁ、とは思うことがありますね。

でも、あれを経たからこそ今の私があるのでしょうね。


道を見いだすことができません。


「自分がどんな仕事に向いているかわからない」と悩む若者に出会うことがあります。

聞けば聞くほど実はそういう若者が多いそうです。

しかし、悩むばかりで「自分に向いた仕事」を探す努力を、ほとんどしていないのが実感。

就職情報誌をめくる程度じゃないかな。

インターネットが氾濫する昨今では、情報ばかりでそれが自分にどうあるべきか、何をすべきかがわからない。

頭でわかったつもりでいても、行動を起こさない人(引きこもり)は、結局何も成し遂げられない。


自分の目で見て、肌で感じて、初めて得られるもの、生み出せるものがあるのです。

本気で探そうとすると、現場に行って自分の目で見る。現場で実際に働く人の生の声を聞いてみる。アルバイトをしてみて実際に仕事を経験してみる。

皆さまは、いくつのアルバイトを経験しましたか。私は日曜日に紹介センターへ足を運び、抽選に臨み数多くのジャンルのバイトを経験しました。一番長かったのは京都のあるホテルで最高月206時間働きました。[当時のバイト最多時間でしたね]

やるって決めたら徹底的にやるのが私の主義であります。

やればできる、魔法の合言葉〜。


行動することを怠ける人は、一生、机の前に座して、「自分の天職がわからない」と迷い続けるしかありません。

ホ⚪︎トクラブも私の時代とはかなりシステムが違うので一括りにはできませんが、なかなか体力的にきつかったのは変わらないのでしょうね。


経験しないのは勿体無い。だって人生は一度きりだよ。誰かのせいにばかりして何もしないなんてナンセンスですね。

二十歳の人にとっても、五十歳の人にとっても、「今日」がこれからの人生が、一番若くエネルギーに溢れた日と思うことです。

「若さ」というエネルギーを行動にそそぎこめれば必ず【道】が開けます。


後悔のないようにさまざまなチャレンジをしてみるのです。元々臆病な私が実家寺を退職してまでも都市開教に打って出たのは、何かモヤモヤ感が半端なかったし、嫁さんもらっても、さまざまなチャレンジを重ねてみたが家族にも周りからも認めていただけなかった。

これだけ頑張っているのに。

そんなモヤモヤが、突拍子のない行動につながった。

義弟から、「お兄さん、僕はやらないで後悔するより、やってみて後悔したいよ。」ってポロッと言ってくれたことがきっかけでした。感謝ですよね。


たった一度の人生。今という時は今しかない。

今を逃して後悔するなんて嫌だった。

また築地本願寺の宗務長は中仏の恩師、副宗務長二人は、仏教青年会[西本願寺]で活動していた時の事務局さんで高校の先輩、もう一人は神戸淡路大震災時に縁をいただいた方、また、開教の部長は、高校の直の先輩でした。

「これは、私に都市開教に出てみろと言っているような気がする」って思い込み、後先考えずに飛び込んだ。


実際にはかなり勢いだけで何もできない、お金もない、後悔するばかりだったけど、退路は既になかったから回遊魚のように進むしかなかった。


【成功するまで続ける人が、成功を手にできる】


◎偉大な成功者は、成功するまで続ける。


こんな昔話を聞きました。


ある村で、日照りが何日も続き、すっかり田んぼが干上がってしまいました。村人たちは、雨乞いのために祈祷師を雇いました。

その祈祷師は、三日間祈り続けましたが、雨は降りませんでした。

その祈祷師は、諦めて村を去っていきました。

村人たちは、「あの祈祷師は腕が悪い」と悪口を言い、今度はもっと腕がいいと評判の祈祷師を呼ぶことにしました。

次に呼ばれた評判のいい祈祷師も、三日間祈りましたが、やはり雨は降りません。

でも彼は諦めずにもう三日間祈りました。

ところが雨はまだ降りません。

すると彼は、さらに三日間祈り続けました。

そして九日目、ようやく恵みの雨が降りました。


村人は、彼を「やはりあなたは偉大な祈祷師だ」と褒めたたえ、たくさんの褒美を与えました。

実は、この評判のよい祈祷師には、何か特別な力があったわけではありません。

彼はただ、雨が降るまで祈り続けただけなのです。



いかがでしょうか。

この昔話は、現代の私たちにも大切な教訓を教えてくれます。

「すぐ諦める」では、どんな能力のある人でも、偉大な事業は成し遂げられません。


また、人間がいかに祈祷、祈願しても神仏は聞いてはくれません。

そろそろそれに気づいてみませんか。

年末ジャンボには数万、数十万使うのに、神さまにお願いするには、5円とか奮発して500円では話が違いますよね。

いかに自分勝手であるかわかりますよね。


そこで阿弥陀さまは、凄いです。

私が願う前に、気づく前に、先手をうってはたらいていてくださるのだから。

目覚めを促し続けでいてくださいます。

私にちょうどいい、それに気づくように。

お釈迦さまが説法してくださったのは、私にちょうどいい人生の歩み方であったのです。


祈祷や祈願、御札など未だに気になっている皆さん、人間の思いなど聞いてもらえません。

だって自分勝手なんだから。

自分な家族などせせこまい世界のことしか考えられない。

阿弥陀さまは、あらゆる命に真実の幸せを願い続けておられます。願うばかりではなくすべてを成し遂げていてくださいます。


南無阿弥陀仏にすべてを込めて届けていてくださいます。

何にも足らないものは無いのです。

さあ、令和6年こそ、まやかしから脱却してみませんか。とても安らかな人生を生きていけますよ。間違いない!


厄除けは仏教じゃないですよ。

お寺でお坊さんがやられても仏教の教えではありません。お釈迦さまのおさとしは【成仏】であることを忘れてはなりません。

【煩悩】は人間には死ぬまで離れられません。

護摩焚きなどで解放されません。


昔流行ったピンピンコロリはご存知ですか。

赤いパンツ(祈祷した)を履けば必ずピンピンコロリと死んでいけると大層流行りました。

ある時、その祈願する住職が亡くなったのですが、残念ながらピンピンコロリと死ねずに苦しみぬいて亡くなったのでした。

すると、あれほど人が殺到していたお寺には誰も行かなくなったそうです。


人間の知恵は仏の智慧には及ばない。

それに気づいていくことが私に願われた仏の切なる願いであります。

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