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「たのむ」心は他力

更新日:2022年10月8日

皆さま、おはようございます。

すっかり暑さは彼方へ行ってしまいました。

我が家はついに暖房器具を登板させました。

袈裟も冬衣にしましたよ。

ただまだ暑くなる可能性を考えて白衣は夏用にしています。

さて、この夏に最愛の母を見送りました。

まだまだ悲しみ深く泣いています。

でも悲しみも嬉しさの中にある有り難いものであります。


ナンマンダブツがこの口から軽やかに出てくださいます。母が往生してくださったことを知らされます。ナンマンダブツ、ナンマンダブツ。


わからなくてもそうなんですよね。

阿弥陀さまは、私のこの悲しみに寄り添ってくださり、涙から立ちあがらせ「今」を生きる私にするために日々はたらき続けておられます。


まさに親のようなはたらきをしてくださいます。

ですから浄土真宗では阿弥陀如来さまを「親さま」と敬意を込めて「親のような仏さま」と仰いでいます。


親のように阿弥陀さまをいただいて人生を生き抜かれた素晴らしい先人を浄土真宗では【妙好人】と呼んで讃えています。その中でも有名なのが因幡の源左(げんざ)がおられます。

足利源左さんは、天保(てんぽう)13(1842)年、農業を営む父•善助と母•ちよの子として現在の鳥取県青谷町で生まれました。

父は40歳の頃コレラにかかり激しい下痢と嘔吐の苦しみの中で、18歳の源左さんに最後の力を振りしぼって、「おらが死んだら親さまをたのめ」と言い残しました。


【親さまとは阿弥陀さまのことです】


それを聞いた源左さんは、十余年にわたって「死とは」「親さまとは」「たのむ(おまかせする)とは」という疑問を背負って菩薩の求道(ぐどう)をしていかれました。

父•善助は日頃から朝に夕なに仏壇の前で『正信偈』を読み、『御文章』を拝読し、ナンマンダブツをお称えしながら家族そろってお勤めをされていた浄土真宗の敬虔なご門徒でありました。

お寺で法要があれば野良仕事を早々に済ませ、「お聴聞」(仏さまのみ教えを聞く)をされました。


だからこそ、我が子の源左さんに父として「親さまをたのめ」という遺言を残すことができたのでしょう。


財産などではなかったのは、【永遠に変わることのない真実である仏教こそ、必ず帰依(きえ)すべきものであり、それこそが本当のしあわせである】と、日頃からお寺で仏法聴聞を重ねていた父親なればこそ、子どもに言い残したかったのでしょう。


物の豊かさの中で暮らしている私たちは、子どもたちや地域の人々に何を残そうと努力しているか今一度考えてみたいものですね。


源左さんにとって、父•善助の遺言が仏教を聞き始める動機となりました。今まで考えたこともなかった宗教の問題を昼夜を問わずに考え、仕事すら手につかないほどだったそうです。

しかし、どんなにお寺に参ってみて法話を聞いてみても、京都までかけつけて学者先生に聞いてみても、らちがあかない日々が続いたそうです。(それが十余年も。素晴らしい求道心ですね)


さて、そんな暮らしの中あるとき、源左さんはいつものようにデン(牛のこと)を連れて草刈りに行きました。刈り取った草をデンの背に乗せ、一把(いちわ)だけ自分が背負って帰りかけると急にお腹が痛くなって動けなくなってしまいました。

仕方なくその一把をデンに乗せると、腹痛が嘘のように楽になりました。

その瞬間、源左さんは父の遺言の意味が【ふいっとわからしてもらったいな】と領解(りょうげ)できたのです。


自分が背負わんと力んだところでデン(牛)にまかせた途端、身が軽くなった。つまり、自分の生も死もすべてをしっかりと支えて「お前の人生は私が引き受けた」と呼びかけてくださる阿弥陀さまのましますことを、源左さんは全身で気づかせてもらったのですね。


「あぁ、これだっただなぁと思って、世界が広うなったようで、やれやれと安気(あんき)になりましたわいなぁ。不思議なことでござんすなぁ、ナンマンダブツ。デン(牛)はおらの善知識[仏法に導く者]だいな」


それ以後、源左さんは何事も阿弥陀如来さまの教えを聞いて生きる人生を歩まれました。


父•善助のおかげで真剣に仏教を聞く身となった源左さんは、自分が悪業(あくごう)煩悩を抱えたまま、間違いなく阿弥陀如来さまに救われることを聞き続けていかれました。

ある友人が「自分のような者でも助かるだろうか」と源左さんに尋ねました。

すると源左さんは、「助かるとも、一人残らず助かる。おらのような悪人でも助かるんだから、全く心配はいらんだいのう。誰が悪いの、彼が悪いのちゅうても、この源左ほど悪いヤツはいないでのう。この悪い源左を一番に助けるとおっしゃるで、他の者が助からんはずはないじゃないか。ありがたいのう」と源左さんは答えたそうです。


あまりにありがたい源左さんを見られて、あるお寺の住職が「源左さんや、あんたを本にのせるがの」と言えば、【まんだまんだのしてくださんすなよ。これから監獄(かんごく)の厄介になるかもしれんけえなぁ」と言われました。


「なぜだがや、87にもなって•••」と、ご住職が聞き返すと、【煩悩具足の凡夫(ぼんぶ)ですけえなぁ、十悪五逆(じゅうあくごぎゃく)の罪をもったおらでござんすけえなぁ」と答えられました。

源左さんは、自分自身が死ぬまでどんなことをしでかすかわからない存在であることを、仏教によって知らされたのでした。


皆さまはいかがですか、そう自分自身が恐ろしい生き方をしているなんて思っていませんよね。

自分は悪人ではない、そんなに悪いことなんかしていない。肩書きだってあるし(地位や名誉)社会的信用もあるから•••なんて思って生きていませんか。

世の中で毎日のように争いが起こっているのはどうしてだと思いますか?

それはお互いに「自分は正しい!」と思っているから争いが起こっているのですよ。

現にロシアとウクライナが争っていますよね。国会でも与党と野党が争っていますね。会社で会議をしてもやはりなかなか良い方向にはなりませんよね。

「自分が正しい」を突きつけあっているから。


源左さんは、【阿弥陀如来さまの大慈悲の光に照らし出されたおかげで世界中で一番の悪人は源左(自分)であると言わずにはおられなかったのでした】


※いやぁ、お恥ずかしいです。私も日頃から布教使としてあちこちで法をお取り次ぎしていますが、知らず知らずのうちに「使」が「師」になってはいなかったかを、こうやって妙好人の生き方を知らされますと、ただ頭が下がります。


争いをなくさないと、恐ろしい生活を送ってしまいますよ。日本では凶悪犯罪の約60%は身内間で起こっている現状を是非忘れてほしくありません。

私たちも源左さんのように、阿弥陀如来さまを仰いで真実を求め、真実の道を生き、ナンマンダブツ(お念仏)を称えながら生きて、今を喜んで生きていこうじゃないですか。


「親のような仏さま」=阿弥陀如来さま


私たちの大切なお父さん、お母さんはきっと身をかけて命をかけて私たちに阿弥陀如来さまを仰いで生きてくれ!ナンマンダブツをお称えして生きてくれと願っているのでしょう。


さあ、今日も一日お慈悲の水にざぶりと浸かって生きていきましょう。

超法寺のスローガンは、【阿弥陀如来の大悲に生かされて、ご恩報謝の喜びに南無阿弥陀仏を称えつつ、真実の道を歩みます】です。

是非、日頃からモヤモヤ、イライラされて困っている方は一度、超法寺の法話会に来てみませんか。

きっと何かが変わると思いますよ。

ま、私もだいぶ悪人でございますが笑

阿弥陀さまにお許しいただいています。

お待ちしてますよ。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

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