キャンセルはやめて
- 超法寺の住職
- 2023年12月21日
- 読了時間: 3分
皆さま、こんばんは。今日はどのような一日でしたでしょうか。
充実していましたか。
今年もいよいよ残り十日あまりですね。
今日やっと年賀状を注文しました。つまり今年中には届かない。
ごめんなさい。先に謝っておきます。
人生で初めてです。言い訳すると、この年末はあまりにすることが
多すぎて手が回らないのです。
仕事はお暇ですが。今年はもう納めでしょうかね。
まだまだ喜んでお受けしますよ。
実は大阪の別院の職員から、お知り合いが?こちらで葬儀をしてくれるお寺さんを
探しているのですが予定は空いていますか?と問い合わせをいただきました。
嬉しいですね。おかげさまで予定は空いていたのでお受けしてご宗家からのご連絡を
お待ちしていました。程なくして関係者と名乗る方から連絡をいただき、布施についてや葬儀の内容についてお話ししましたが、それっきり音沙汰なし。
他に決めたのでしたらせめて連絡くらいして欲しいのですが、ショートメールにも
返信はなく、困って別院へ問い合わせて聞いてもらったが、こちらもなぜか全く音沙汰がないのです。問い合わせ、申し込みをしてきた方が連絡を断つとはどういう案件なのでしょうか。大阪から正式ルートでのお問い合わせのはず。
まあ、もう三日前ですからキャンセルなのでしょうね。
別の寺院さまにお願いしたのでしょう。
だったら断りに連絡くらいして欲しいのですが。
ご法事ならまだしも葬儀のキャンセルはダメージが大きいのです。
法名を考えたり、当日に予定があれば調整もしなくてはなりません。
今年は直接依頼で葬儀ののキャンセルが初めてを含めて三つもありました。
その内の一件は、ご法事を頼んでくださったので良かったですが、改めて
私の煩悩具足を痛感したことです。
問い合わせをくださるのは大変嬉しいので今後もお願いしたいですが、
キャンセルをするのはやめてほしいです。
でも、こういうことがあるのは致し方ないものでしょうか。
携帯で気軽に声かけてくださいますが、かけても出ないのは辛いものです。
もしですよ、住職が葬儀をドタキャンしたら笑えますか?
怒り心頭に打ち震えて、お寺さんを糾弾して裁判でも起こすのじゃないですか?
この世は因果応報です。お互いさまです。
だからこそ、相手を思いやっていただきたいものです。
人間は失敗する生き物です。
失敗はしょうがないけど、それを何のリアクションも取らずにいるのは
いかがなものでしょうか。そう思いました。
今回は縁がなかったと諦めます。
今後は、是非とも超法寺の住職に葬儀を勤めてほしい。
そう言ってくださる人が現れるように精進します。
さて今年の年賀状も宛名は自筆するぞ〜。
明日は担当さん来てくれるかな。お願いですよ。
あ~なんか愚痴ばかりでごめんなさい。
死の縁、無量であれば、死に方と信仰は関係ありません。
信仰とは、苦悩の人生を何を拠り所として生きていくかの問題です。
もちろん浄土真宗は、阿弥陀如来のお誓い【ご本願】を我が身にいただいて、
南無阿弥陀仏をお称えして生きていくのです。
そして、阿弥陀さまの大慈悲心のはたらきによって、【浄土】に生まれ【仏のさとり】をいただくのです。
そのおいわれを聞いて南無阿弥陀仏を心の灯火としながら今を生き抜いていくのです。有難うございますと、自力のはからいを超越した大きな大きなはからいの中に
いるんだと思いましょう。
愚痴の住職を阿弥陀如来はそのまま包み込んでいてくださいます。
有難きしあわせです。ナンマンダブツ、南無阿弥陀仏
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