能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃

更新日:2月5日

皆さま、こんばんは。

今日は良いお天気でしたが、さすがに寒くなりましたね。夕方にはパラっと小雨も降りました。今日は都内までご法事へ参りました。

ここは超法寺が危機的に法務が無い時に不思議な巡り合わせにより仏縁を結ばせていただきました方です。それ以来、ご宗家、ご親戚共々、大変懇意にさせていただいています。


今日も皆さま、千葉県など遠方からお越しくださいました。しばらくコロナ禍でお会いできなかった方も顔を見せてくださり大変嬉しかったです。

この度も質問攻めで賑やかにご法義談義に花を咲かせました。

「ご住職に会いたかったんだよ。」と、我が父世代の方から言われたのは驚きと喜びを感じました。

皆さま、真言宗や真宗大谷派の熱心なお檀家さんが手ぐすねを引いての仏教談義。

なかなか手強かったなぁ。

まぁ、いつもことですが。


皆さまに、真宗連合のカレンダーをお渡しすると恵比寿顔で大喜びしていただきましたよ。

千葉県からお越しの故人の妹さまは、「毎月めくる際に、お言葉を三回、四回と声に出して読むのが嬉しくて。」とお顔がパァーッと明るくなられていました。


このような感じなので築地本願寺さまからいただく分はあっという間に無くなってしまいます。今年は不足分として探究社さまの法語カレンダーもいただきました。

多分、足りるんじゃないかと思います。


こうやって少しずつ、ご法義は伝わっていくのですね。

毎度ながら、お斎の場は皆さまの明るく優しいお顔で溢れるのです。

私も近年、疎遠になっている家族を思いながら楽しい時間を共にさせていただきました。


超法寺はおかげさまで、少しずつではありますが受け入れられているようです。

今後も精一杯頑張ります。


『正信偈』に、「能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃」とあります。〈のうほついちねんきあいしん ふだんぼんのうとくねはん〉と読みます。

意訳すると、「ひとたび、その本願を聞いて、信心いただくと、煩悩を持っていても、仏のさとりを開くことができるのです。」


言葉を変えれば、「煩悩を無くさなくても、涅槃を得ることが真の正信である」と言われています。


『正信偈』では、親鸞聖人が阿弥陀如来を信じることの喜び、南無阿弥陀仏をお称えすることの喜び、頼もしさ、確かさを私たちにお伝えくださいます。


浄土真宗では、凡夫(命終わるまで煩悩から離れられない者)にとって煩悩を断ち切れない。だからこそ、阿弥陀如来の救いに身をまかせていくのみ(南無阿弥陀仏をお称えする)•••が他力の道なのです。


◆ですから浄土真宗では『般若心経』を読まないのです。(自力の教え)


よ〜く聞かせていただきましょう。

南無阿弥陀仏、ナンマンダブツを。

閲覧数:17回

最新記事

すべて表示