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執筆者の写真超法寺の住職

築地本願寺通夜布教

皆さま、こんばんは。

今夜は築地本願寺報恩講の通夜布教が行われています。

新しくなった聞法ホールに初めて入らせていただきました。

すっかり昔のイメージがなくなり綺麗になりました。

素晴らしい打敷がかけられています。

将来、超法寺にもこれほどの打敷をかけさせていただければいいなぁ、などと思いました。


さて、今は若手のホープの荒木師がお取り次ぎくださっています。亡きお父さまは生前、憧れでした。格好いい方でしたね。

今、その先輩の息子さんがお取り次ぎしてくださっておられるなんて•••長生きはするものですね。


皆さま、全部繋がっています。

私には理解できなくても•••です。


いやぁ、緊張したぁ。

でもありがたかった。

モヤモヤしていたものをぜ〜んぶ吐き出しちゃったよ。

もうこんな素晴らしい仏縁があるとは思わないからね。

【感謝と恩返し】です。



前回、通夜布教に出させていただいたのはいつだったかな?15年以上昔でしょうね。

この度は『親鸞聖人の夢告とわたし』の講題でお取り次ぎさせていただきました。

私がなぜ、入間市に来ることになったかは、実は夢に阿弥陀さまが立たれて、「おまえは入の字の街でやりなさい。」と、ご教示がありました。それが不思議なことに今、私が入間市にいるきっかけになり、今皆さまにお出会いしているのです。

まさに、阿弥陀さまに導かれるがままに後先わからない私がいるのですよ。

だから、どんなに苦悩しても必ず、この入間市に浄土真宗本願寺派のお寺を残していくのが私の使命であります。


何年先かはわからないけど、ゴールではなくて「道」であります。


布教後に、阿部信幾先生から『正像末和讃』の冒頭にも夢告があるぞ、見てみなさい、と教えていただきました。


確かに、「弥陀の本願信ずべし 本願信ずるひとはみな 摂取不捨の利益にて 無上覚をばさとるなり」

その前には、康元二歳丁巳二月九日夜、寅時夢に告げていはく•••とあります。

《教行信証600ページ》[浄土真宗聖典 注釈版]


親鸞聖人夢告、1257年、85歳の時。

二月九日。

五十年遡ると1207年二月九日。

この日は、承元の法難の起きた日で、住蓮房と安楽房が斬首された日、とピッタリ一致しています。

50年を隔てて同じ日に夢を見るなんて。

それほど親鸞聖人には思いが深い日なのですね。

夢って、お正月に見るだけのものじゃないんですね。


オンライン配信で視聴してくだされた方々には衷心より御礼申し上げます。

阿部信幾先生は、さすがに先生ですね。

きちんと、丁寧にお取り次ぎしてくださいました。久しぶりにナマでお聴聞させていただきました。しあわせでした。有り難い。


南無阿弥陀仏、ナンマンダブツ。

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