top of page

私の脱ギャンブル依存法

皆さま、こんばんは。

今日はよく降りますね。春はこんな感じですから我が家でゆっくりしましょうか。

今日は夕方前に超法寺本堂にてご法事をお勤めいたしました。初めてのご縁でしたが、お話を伺いますと前に同じ町内に住んでおられたとのことでした。

人生の無常を故人さまから知らされたそうです。大切な方を失ってしまうことは体験しませんとやはりわからないものです。

私たち僧侶もやはり同じで両親がいて嫁子どももいるような状況では本当に悲しみに寄り添えるかと言えば難しいでしょう。寄り添ったつもりではなかなか現実には厳しいと思います。

私も二年前に両親を見送ったことでたくさんのことを知らされました。

親の有り難さ、自分がいかにしあわせであったかを知りましたから。


この度も先日、浄照寺さまからいただいた『正信偈』をお勤めいただきました。終わると、「これいただいても良いですか?」と言われて嬉しくなり、「どうぞ喜んで、お持ちになられてお使いください」と申しました。

一緒にお勤めするって素晴らしいことですね。


悲しみはなかなか尽きませんが、乗り越えていくことはできます。

南無阿弥陀仏を耳に、口にいただいていけば必ず乗り越えていけます。サヨナラではないのだから。また遇わせていただける道をもう阿弥陀さまが、きちんと仕上げてくださっていますから、私はただ素直に受け入れていくだけです。


死ぬまで煩悩から離れられない凡夫たる私であり、自分では悟ることなどできやしない、そんな私を阿弥陀さまは既にお見抜きくださり、抱いていてくださり、【まかせよ、救う】と、南無阿弥陀仏の声となり私に届けていてくださるのですから。

先ずはそのおいわれを聞かせていただくのです。わからんまんまに。

聞いて、忘れて、忘れて、聞いてで良いのです、


私も今日改めて親の願いをお聞かせいただきました。足元の悪い中、ようこそ、ようこそのご参拝でありました。有難うございました。

先程、診察へ行き新たに筋肉をほぐすお薬を処方していただきました。効いてくれたらいいな。南無阿弥陀仏、阿弥陀さまがご一緒くださいますから安心ですよね。はははは。


さて今日もニュースでギャンブル依存症についての報道がありました。

世界一有名な通訳として確立しつつありましたのにギャンブル(違法賭博)によって人生が狂い、栄光は過去のものになってしまいました。

実に勿体ないですね。でもパチンコや競馬などのギャンブルが日課となり趣味となってしまった方々には他人事ではありません。

借金までしてやるものではないのに人は快楽を味わうといつまでもそれを追い求めてしまうもの。入間市のパチンコ屋さんはいつも駐車場が満車。勿体ないな、といつも見ています。

そういう私も学生時代は実に愚かな勿体無い生活をしていました。平日はパチンコ、土日は淀へ通う日々(淀とは競馬場です)でした。

アルバイトで稼いだお金を一日(数時間)で無くしてしまうこともありました。

またビギナーズラックで500円が一レースでうん十万になったこともありました。快楽を味わうといつまでも追い求めていく、私もそうでした。暇さえあればギャンブルに講じていました。だから一平さんを責める気にはなれません。今はおかげさまで全くと言ってギャンブルはいたしません。二十代で解放されて脱ギャンブルに成功しました。いわゆる卒業ですよ。


では私はどうやって脱ギャンブルしたか。

それは恩師の話を聞いてからです。

平安高校(現在の龍谷大平安)へ通っていた時にある先生の武勇伝を聞いたのです。

先生も若いときにヤンチャでお酒にタバコにギャンブル、少しのお姉ちゃんを嗜んでいたそうです。パチンコや競馬は、専用の通帳を作り、出し入れはキャッシュカードでしていたそうで、月末になったら記帳する。スタートは一万円。無くなればアルバイトして補填する。キャッシングローンはしないとルールを設けていたそう。それを一年間やって、いったいいくら儲けたかを通帳に記帳すればわかるという。

だから「面白そうやな、やってみようや」と友だちと昼休みに銀行へ行って口座を開設しましな。学校の隣に富士銀行がありました。当時は男子校だったから武勇伝にはすぐ飛びつく少年でありました。

私は一年間で⚪︎⚪︎万円の負けでした。

儲かるどころか三桁に近い負け。つまりくたびれ儲けでありました。

でも、スッキリしましたよ。これをやったおかげでギャンブル依存から脱却することができたのだから。ま、興味があったらやってごらんなさい。タバコは【離煙パイプ】のおかげで一か月で喫煙から脱却することができました。

¥6.000位の出費で一日数十本も吸っていた生活から嘘みたいに簡単に脱却することができました。肺は電子タバコでも空気以外は皆ダメージを受けるのだそうですからね。

亡き父は長年の喫煙により、とても苦しい肺の病で亡くなっていきました。

いつまでも若くはありませんよ。後で後悔しないようにしたいものですね。

誰のためでもありません、自分のため、家族のため、自分に関わる人のためでもあるはずです。


興味のある方はぜひお試しくださいませ。

南無阿弥陀仏

閲覧数:16回

最新記事

すべて表示

死後の世界

人間に生まれることは難しい。 「礼讃文」(らいさんもん)には、 人間に生まれてきて仏法に遇うことはまたかなり難しいことである、人間に生まれてきた今ら仏法に遇うて救われなかったならば、もはや私が救われることなど望めません。 [三帰依文](さんきえもん) 人身(にんじん)受けがたし、今すでに受く。仏法聞きがたし、今すでに聞く。 この身今生(こんじょう)にむかって度せずんば、さらにいずれの生(しょう)に

Comments


bottom of page