私たちの生きている世界

[マシンガンをぶっ放せ]1996.06.24

Mr.children

歌詞/KAZUTOSHI SAKURAI


あのニュースキャスターが人類を代弁して喋る

「また核実験をするなんて一体どういうつもり?」

愛にしゃぶりついたんさい

愛にすがりついたんさい


やがて来る“死の存在“に目を背け過ごすけど

残念ですが僕が生きている事に意味はない

愛せよ目の前の不条理を

憎めよ都合のいい道徳を

そして僕に才能をくれ


見えない敵にマシンガンをぶっ放せ

Sister and Brother

正義も悪もないこの時代を行進していく兵士です

殺人鬼も聖者も凡人も共存していくしかないんですね

触らなくたって神は祟っちゃう

救いの唄は聞こえちゃこないさ


僕は昇りまた落ちてゆく 愛に似た金を握って

どうせ逆らえぬ人を殴った 天使の様な素振りで

毒蜘蛛も犬も乳飲み子も共存すべきだよと言って

偽らざる人がいるはずないじゃん

この現実に目を向けなさい


愛せよ単調な生活を鏡に映っている人物を

憎めよ生まれてきた悲劇を飼い慣らされちまった

本能を

そして事の真相をえぐれ


見えない敵にマシンガンをぶっ放せ

S ister and Brother

天に唾を吐きかけるような行き場のない怒りです

宗教も化学もUFOも信じれるから悲惨で

絡まりあって本心偽って

めくるめくのevery day

僕は昇りまた落ちてゆく

何だってまかり通る世界へ




◉この歌詞から何かを理解したいです。

私たち人間が生きる世界を彼は見事に表現しておられる。

私たち人間は、何が偽りで、何が真実かを知らずに生きているのです。

しかし悲しいかな、どちらかというと【偽り】を間違いないと思って生きているから悲しいことです。だからこそ、真実なるものは私たち人間に【真実】に気づけよと、お気づかせを自覚を促し続けるのであります。

仏法を聞くとは、真実への目覚めであります。

自己の殻からの脱却して安穏な安らぎの人生の歩みを知ることなのだと私は考えています。


聞いたつもり、信じたつもり、まかせたつもりではすぐひっくり返る愚かな私の人生となるのです。

北朝鮮が何でミサイル発射実験を繰り返せるのか。パチンコ店オーナー(8割が北朝鮮人)からの年間数百億円もの上納金で支えられています。

つまり、いそいそとパチンコ屋へ通い散財する人が愛する日本に向けミサイルを打ち込むお手伝いをしているとも考えられますよね。


某教会への献金もそう。皆繋がっているから。


また愚かな生き方の中で誰かを殺してみても、結局は何にも変わりはしないことにも気づいたんじゃないですか?


因果応報!

私の都合よくなんか生きることなんかできないさ。それなのに人間は自分の都合よく生きようとするから笑えますよね。


それを真実なる神仏はもう既にお見通しで心配しておられるのです。

それなのに人間は相変わらず【祈願】などということを数千年昔からやり続けている。

煩悩に振り回されて生きるから苦しむ。

悲しみ、憎しみが尽きないのです。


さて今年の盂蘭盆会もまたお墓参り(提灯持ってお迎え?)して、精霊棚、棚経で済ませるのですか?

今一度、『千の風』を歌ってみましょうよ。


ご先祖の居場所、私のいのちの往く先を訪ねてみませんか?

南無阿弥陀仏


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