喜捨の心を忘れないで

更新日:7月17日

皆さま、こんにちは。

連日の旧何とか教会が取り上げられていますね。

あれは仏教ではありません。宗教の名を語った人間の欲望であります。

いつの時代も人間の欲望がなせる姿です。


人間はすぐに忘れます。


あの旧オウム真理教も同じシステムです。

あの「元気ですか?」も。


あれは仏教ではありません。

人間がメシア(救世主)などなりはしません。


まことの信心を仰がない限りわからない。

神仏をこちら(私)におくと地獄が近づきます。


こちら〈私〉を神仏におくからこそ浄土が近づくのです。


だから浄土真宗では【仏法聴聞】を大切にします。

何でもお金で解決しようとするから人生がおかしくなります。


献金とは喜捨なのです。

【喜捨】とは文字通り《喜んで捨てる》

だから、捨てたのです。要らないから。

捨てたのに返してくださいなんておかしいじゃないですか。


皆さま、献金するならこのお金がなくなっても大丈夫なものでなくてはいけません。

借金してまでもするものではありません。


それすらわからなくてなってしまうから人間の欲望は恐ろしいのです。

ま、宝くじやパチンコ、競馬などと同じでギャンブルという病気にかかってしまうものなのですね。


これらも考えればわかるはず。

営利企業なんだから。

それすらわからなくなります。

何とか教会も、パチンコ屋オーナーの約8割は朝鮮の方ですよ。

その人たちの利益のためにせっせと汗水流して稼いだものを献金しているのですから。

こういうことがわからない人たちが悪夢のような事案に出会していくのです。


もう他人事と思わずに先ずはパチンコなるものから辞めてみませんか?


無常世界は私の都合の良いようには決して生きれません。そのことを知ることが仏教であります。

是非、仏教の名を語った詐欺教団から身を守るためにもなんまんだぶつに生きていきましょう。


いいですか。

仏教を宗教を私の都合良いものにしようとしまいでください。

私のために私のしあわせのために仏になられた阿弥陀如来のお心をいただきましょう。


※私の都合、欲望を叶えるために他の命を奪っても何も解決しません。憎しみはなくならないのだから。それがわからなくなるのが人間の欲望であります。


ナンマンダブツ、南無阿弥陀仏。

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