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父の祥月命日

夜分に失礼します。

昨日も激アツでした。

入間も大概暑いですが広島県山県郡北広島町、安芸太田町もサウナ状態でした。

ただ夕方には心地よい風が吹いてきたりして凌ぎやすくなりましたが日中は半端なかった。


そして父の生まれたお寺での祥月命日[年忌に当たらない年の命日]を昔からお寺を支えて来てくださる方々とご一緒に「正信偈」をお勤めいたしました。

暑いので本堂の戸を開けたままでしたのでツバメさんが「ピーピー」賑やかに入って来ました。

きっと「法を聞いてくれよ」と勧めてくれていたのかな。


最後にはつがいで楽しそうにツバメが飛び回っていました。私への当てつけでしょうかね。

はははは。「ペアはいいぞ」と見せてくれたのでしょうかね。私にはなかなか•••ですけど。

一生懸命頑張ってはいるんですよ、これでも。


すみません、愚痴になりました。

お勤めの後、庫裡[お寺さんの住居]で皆さまとお斎[食事]をしながら歓談しながら色々楽しくお話ししました。

皆さまにとって父の生まれたお寺はいつも視野に入ってきた大切なお寺だったことが会話の中からよくわかりました。

私も夏休みには必ずと言って預けられ過ごした思い出の地でもありましたので、所狭しと変わらぬ風景が懐かしく感じていました。


今の私は入間市での寺院活動が何より一番大切なものであるのはもちろんですが、この限界集落にある過疎地のお寺も大切な存在でもあります。跡継ぎのないお寺ですが皆さまがいかに大切に思っていてくださるかを思えば何か解決策があればいいなぁと思います。


明日朝もお寺へ行き、出来る限りお掃除をして帰りたいと思っています。妹たちもお力添えをしてくれています。やはり女性パワーは凄いのでありますね。感謝であります。

私はとは言えばあまり役には立たない初老です。ご迷惑をおかけしています。


何かお父さんが心配して見ていてくれているように感じました。「つまらんのう」って声が南無阿弥陀仏の中に聞こえているようです。

私にちょうどいい、きっとそうだと思います。

明日は入間市へ向けて帰る予定にしています。

おやすみなさいませ。


南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

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