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浄土真宗の焼香作法

阿弥陀如来さまが、すべての人々を救うという願いもおはたらきも、すべて南無阿弥陀仏のお念仏に込められています。


そしてそれをそのまま私たちに届けてくださっているのです。

南無阿弥陀仏という「声」のはたらきとなって私たちの耳に届けられています。

だから、私たちはただ南無阿弥陀仏をいただいていくだけでよいのです。


南無阿弥陀仏を聞くというのは、「もうあなたのことは阿弥陀が救っているから心配するなよ」なのです。

その言葉を素直にいただけたら、私の愚痴を言う口から「ありがとうございました」と感謝のお念仏が南無阿弥陀仏と出てくださるのです。


つまりは、阿弥陀さまが私の中に飛び込んでくださって、私に宿ってくださるのです。

ということは、南無阿弥陀仏が耳に聞こえたとは、阿弥陀さまのお救いがもう私に届いたということです。


南無阿弥陀仏が口から出てくださるとは、もう私は阿弥陀さまとご一緒であり、もう、ひとりぼっちなんかじゃないということです。

安心なのですよ。


【合掌、お焼香】

ありがとうは、誰に言うの?

阿弥陀如来さまに感謝申しあげるのだから、

阿弥陀さまを向いて南無阿弥陀仏とお称えしてみましょう。

✨南無阿弥陀仏をいただいた人は、阿弥陀如来のはたらきによりお浄土へ参らせていただいて南無阿弥陀仏のはたらきになります。

だから、位牌を拝んだり、遺影を拝んだりはしません。阿弥陀如来のお姿(絵像、木像)を亡き人だと思って手を合して感謝のお念仏をお称えしましょう。


◎お念珠(数珠)の持ち方は、手のひらと指の間をピッタリ合わせ房を下にして親指で軽く押さえます。

みぞおちの辺りに軽く置き、手の角度を45度くらいにして自然にかまえます。

合掌したら、阿弥陀さまへの感謝(南無阿弥陀仏をお称えする)のお言葉を添えながら、

礼拝は、ゆっくり上体を45度曲げて、静かに身体を起こします。

礼拝(らいはい)と言います。


◎お焼香の作法

まず、一、二歩手前で一礼します。

15度くらいの軽くでかまいません。


香炉(焼香台)の直前に座る。


抹香を一回つまみ香炉(焼香台)に入れる。

※額に押しいただかない。指をこすらない。

鐘を叩かない(叩くのはお経を読む時だけ)


合掌(南無阿弥陀仏を称えます)礼拝


立ち上がり、一、二歩下がって軽く一礼。



◎私たちが合掌する姿は、「仏さまを信じる心に間違いはありません」という気持ちを表しています。

お焼香とは、阿弥陀さまのおられるところ(西方極楽浄土)では、常に良い香り(心が穏やかになる)が漂っていると言われることから、その場所に思いをいたすために香りのお供えをするということなのです。


さらに(肉食、喫煙などで安らげない私たちの身体にお香の香りを移し清々しい気分にさせる効果もあります)仏さまを敬う意味でも煙たくない、良い香りをお供えしたいですね。

✨お焼香は、安かろうは煙たかろうですよ。

大切な故人さまや仏さまにお供えするのですから、施主として奮発してみませんか。

厳しいならば、親戚やご兄弟に良い香りのお香を買って貰ってください。


最近では、お参りに来てくださるご住職のお香を当てにして自分たちでは用意されない方も増えてきましたが、本来は施主の役目ですよ。

(お寺さんにお香をご用意いただく際はお布施に少し色をつけるのもエチケットです。ま、気持ちの問題ですけどね。)


このように、自分たちの宗派についての作法を学び、同じ仏教でもそれぞれ「道」が違うのです。

私たちは死ぬまで煩悩から離れられないですから、仏になるさとりを開けません。

開けけないのですから、そもそも天国にも浄土にも行けない私です。

その輪廻転生から逃れられない私を哀れんで、阿弥陀如来は誰でも間違いなく仏にならせていただくことのできる「法」を成就してくださったのです。

また、それを皆さまにお伝えくださったのが、先立たれた故人さまではないでしょうか。

私は諸仏さまが、なかなか仏縁に遇わない私たちのために、わざわざ親となって私のそばにいて南無阿弥陀仏を勧めてくださったのではないかといただいています。


そうでもしませんと、強情な私などが南無阿弥陀仏を聞く機会すら持てないのではないかと思っています。

有難い仏教でありますね。


たまたまでも偶然でもないと思います。

他力本願とは、そのような大きな大きなはたらきではないかと私はいただいています。


南無阿弥陀仏

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