top of page

浄土真宗の布教

皆さま、おはようございます。

今朝は冷たい小雨が降っています。

昨夜は初めて新居に泊まりました。

ウチの子たちも初めはオロオロしていましたが朝には慣れたようです。

櫻は東町に帰るんじゃないかと下でずっと待っていたようでした。こうやって少しずつ私も含めて慣れて行きたいです。

しかしまさかこの歳で引っ越しをするなんてね。人生は本当にさまざまであります。

今日は荷物を仕分けしたり移動したりします。

本堂はやはり阿弥陀さまが大きいとお寺らしく見えますね。嬉しいです。


さて私は日頃から浄土真宗の布教[法話]は、なるべく難しくないように、それでいて迎合[世間に対して]しないように努めています。

恩師、故三宮義信先生の著書『真宗布教法』〈永田文昌堂刊〉より抜粋してご紹介します。


【布教使】は、布教技術の修練を積むことは当然だとのことであるが、うらむべきは、ただそれのみにとらわれて法義の学習を疎かにして、【自信教人信】[じしんきょうにんしん)から外れた布教をし、結局は聴衆の関心におもねる世間話談話に終わり、折角の名説教もその価値を失う結果になった、というのである。

もちろん、学者で布教使ぶったり、布教使で学者ぶったりするのは、いずれも望ましい姿ではないが、【布教が法義の伝道である以上は、布教使が教学する姿勢を失うことは絶対許されない】


したがって恵空師は『叢林集』巻一に、

 一巻の聖教を眼にあてて見ること無くば、一句の法門をいひて人を勧化することも無けん。

といい、また玄智師は『考信録』巻一に、

 吾門の法談は、儀式厳整にして、聴衆の尊信も格別なりけるに、近来[中略]財利を網すること、処々にこれあり。近くは本山の法令を背き、遠くは宗祖の清流を濁す。実に獅子身中の虫なり。有志の人だれかこれを傷まざらん。

と嘆かれた。

布教は、宗教について論じることでもなければ、聖教の逐語的解釈をすることでもない。

この意味において、山口教区布教団青年布教使の会編集の『布教を志す方々へ』の中に、

 その布教内容に、ある意味での大衆娯楽性としての芸術的高さと、学術的確かな仏教知識に裏付けられたこの私の本当に救われてゆく真宗安心という二つが必要であると考える、といったことは布教の本来のあり方を示す有意義な提言であると思われる。


布教に必要なことは【安心】(あんじん)であり、その安心も正確さが求められる。

このいずれを欠いても布教は成立しない。


【布教とは、浄土真宗の教義を宣布し、宗風を顕揚するために、口演、文書及びその他の方法で行う教化活動をいう】と規定している。



なかなか厳しいと思うが、それだけの責任を有していることの自覚を忘れてはならないということでしょう。ただの資格ではない。

そもそも【浄土真宗は、全員聞法、全員伝道】でありますから、資格を持たなくても実践が求められる。お聴聞を欠かさないことは、【自力】ではこの私は救われないということの自覚を持つべき姿があるということです。

広大無辺の阿弥陀さまをちっぽけな私に押し込もうとしてみてもわかろうはずがありません。

[物差し]が全く違うのですから。


だからどうやってみても[自力]などで死ぬまで煩悩から離れられない私【凡夫】が自力などで往生[救われるはずなどない]することはあり得ません。そのどうにも救われない私を阿弥陀如来という仏さまは、南無阿弥陀仏の法[阿弥陀にまかせるものすべてを隔てなく救う]によって間違いなくお救いくださるのです。

その阿弥陀さまの法[願い]が届き、受け止められ、まかせきれたらその【証】が現れます。

それが、悪口、愚痴ばかりの私の口から南無阿弥陀仏の声となってくださいます。


自力のお念仏ではダメです。

まかせていないのだから。

私たちがお父さん[パパ]、お母さん[ママ]と呼べるのはまかせきっているからです。

疑っていたら素直には呼べません。

そのような感覚によって南無阿弥陀仏と称える私になるのです。

そのお心をお伝えするのが布教使たる者の務めではないかと私は思う。

[凡夫だからしかたがない]などと口にするような布教使は【使い】ではない。

使いならば頼まれたものをそのまましなければ使いにはなりませよね。


そういうことです。

布教使という立場は、ご本山[西本願寺]、別院、築地本願寺で布教することのできる正式な布教をされる方が有するものであります。


大切なことだと思います。

まだまだ未熟な私ですが大切にしていきたいです。南無阿弥陀仏


寒くなりましたが体調を崩されませんよう念じています。ナンマンダブツ

閲覧数:16回

最新記事

すべて表示

Comments


bottom of page