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浄土真宗なんでも派

皆さま、夜分に失礼します。

いやはや、久しぶりに風邪をひいてしまった。

熱が半端なく出てしまい薬を飲み安静にしています。おかげで明日の指名していただいたお仕事をキャンセルしてしまうことに。

いや、もしかしてコロナにでも感染していたら皆様に大変なご迷惑をおかけしてしまう可能性がありますから仕方ない。

明日には結果がわかるのでヒヤヒヤしています。今はインフルエンザもはしかも同時流行していますので体調管理は難しい。


この度は天岸淨圓先生が築地本願寺常例布教へご出向されますので、是が非でもお聴聞へ参りたかったのですが、このような体調では難しく断念。YouTubeでのお聴聞にしましたがやはり天岸節が実に素晴らしい。

私のような引き出しはたくさんあっても空っぽのものとは違い、きちんとされた浄土真宗とは何であるかを取り次いでくださいました。

【煩悩具足の凡夫】とは名ばかりで、本当にそう思っているのか。

「お恥ずかしい我が身」と聞いても本当にそう思って生きていないのではないか。

耳が痛くなるようなお言葉をいただきました。


仏法聴聞とは何を聞くのか。

私の方へ阿弥陀さまを持ってくるのではなく、阿弥陀さまのおっしゃられるようにしていくこと。出来なければできるように努力をしていく。南無阿弥陀仏も普段から意識してお称えしていくことが大切だということ。


【み仏の誓いを信じ、尊いみ名を称えつつ、強く明るく生き抜きます】

これは浄土真宗の生活信条の冒頭にあるものですが、私は一番大切にしています。


これは、周りから促されて称えるものではないということです。(それでも称えないよりはマシと言われるでしょうが)

御恩報謝の念仏とこころうべきなり、と蓮如上人もおっしゃっています。

簡単に言えば「ありがとうございます」のお念仏ということなのでしょう。

ありがとうとは、心から現れてくるものだと思います。周りから促されてはお念仏を称えただけであると言うもの。


先生はおっしゃいました。

お念仏を称えたら救われるのではありません。

お念仏も信心もこちらではなく阿弥陀さまがこしらえたものでありますから、ただそのままいただくものです。


凡夫と言いながらそうは思わない生き方や、凡夫だけど阿弥陀さまは何でもお許しくださいますから安心です〜。

そんなことありますかよ。


決して私の都合通りになる教えではないのてす。私の都合通りにしようとするからわからなくなってしまう。

聞いてもわからないから、聞かなければわかるはずはありません。


もうちょい書きたいが、咳が止まらなくなってきました。熱は落ちついてきたよ。でもまたぶり返すかな。

さて寝ます。おやすみなさいませ。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

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