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池田大作さん死去

皆さま、こんばんは。

今日は大変大きなニュースが報道されました。

創価学会の名誉会長、池田大作さんが老衰のため95歳で15日にご自宅で亡くなられたそうです。衷心よりお悔やみ申し上げます。


生前の池田大作さんについて調べてみました。

東京都大田区出身で、昭和22年、19歳で創価学会に入りました。

教義を学ぶかたわら、布教活動と組織の拡大に努め頭角を現し、昭和35年に32歳の若さで第三代会長に就任しました。

翌年、公明党の前身となる政治団体「公明政治連盟」を結成。

昭和39年に公明党が結党されて以来、池田大作さんは、中央の政界にも存在感を示すようになり、独自の地位を築くまでになりました。

平和運動や国際交流にも積極的に取り組みました。

世界54の国や地域を訪れて、指導者や文化人と対談を重ねるなどして、国連平和賞も受賞しました。

中でも中国との交流に力を注ぎ、国交正常化後の昭和49年には北京を訪問し、当時の周恩来首相や鄧小平副首相と会談。


平成19年には、来日した当時の温家宝首相と会談するなど、長年にわたって中国の最高指導部とのパイプを維持しました。

昭和54年に会長を辞任された後も、名誉会長としてカリスマ的な影響力を持ち続けていましたが、近年は高齢などを理由に表舞台に姿を現す機会が減り、小説の執筆活動などにあたっていました。


池田大作さんのご長男、池田博正創価学会主任副会長は、母親からのメッセージを紹介し、「医師から30歳まで生きられるかどうかと言われていた主人が、ここまで長寿を重ね、使命を全うすることができました。今日まで支え、ともに邁進してくださった皆さまに心から感謝申し上げます。」と伝えました。


[創価学会]

法華経を説いた日蓮の教えを信奉する宗教法人。昭和5年に前身の団体が設立され、終戦から間もない昭和21年に現在の名称となり布教活動を行ってきました。

元々、日蓮正宗の信徒団体でした。

第三代会長に就任した池田大作さんのもと、組織が飛躍的に拡大する中、日蓮正宗の総本山である大石寺との関係が悪化。

創価学会は平成三年に破門された形になっていますが、平和運動や文化、教育の分野まで活動を広げた結果、会員数は増え続け、創価学会の発表によりますと現在の会員は国内だけで827万世帯に上がるという。


布教活動を積極的に進める一方、「公明政治連盟」の結成などを経て、昭和39年に公明党を結党。政界への進出も果たします。

当時の公明党は創価学会と「政教一致」との批判が付きまとい、昭和44年には組織に批判的な本を巡る出版妨害が大きな問題となりました。翌年、池田大作会長が謝罪し、創価学会と公明党を組織として切り離す「政教分離」を宣言することで事態の収拾を図りました。


これをきっかけに政治への関与の度合いを弱めることになったものの、創価学会は今も公明党の支持母体として政界に一定の影響力を持ち続けています。


[池田大作さんが目指したもの]

池田大作さんは、「万人の幸福」と「世界平和」の実現を根本的な目標とし、布教活動と組織の拡大に取り組んできました。

池田大作さんが長年、平和運動に取り組んだ原点には、少年時代に空襲で住まいを奪われ兄を失った戦争への怒りがありました。

[平和への熱き思い]

昭和20年、終戦。

池田大作さんは当時17歳の青年でした。

戦地に応召されていた兄たちが相次いで復員する中、敬愛する長兄•喜一の消息は途絶えたままであった。

終戦から2年が経とうとしていた昭和22年5月、役所から突然届いた一通の書状。

長兄の戦死公報でした。長兄の死を知った池田大作青年は、一枚の鏡を握りしめた。

母の嫁入り道具の鏡台の鏡が何かの拍子に割れたとき、居合わせた長兄と池田大作さんは二人して適当な大きさの破片を拾った。

喜一は、その鏡の一片を戦地に携えていった。

池田大作さんは、雨のように降る空襲の焼夷弾を、もう一片の鏡を胸にかいくぐった。

戦死公報を受け取った母の背中は小刻みに震えていた。罪のない母親をこれほど悲しませる戦争に、怒りが込み上げてきた。池田大作さんの平和への思いと行動は、若き日の戦争体験を抜きには語ることは出来なかった。


たくさんの記事を読み、あまりに知らないことばかりでありました。偏見的な見方をしていなかったかと反省しました。


多くのことを大切にして歩まれた池田大作さんに哀悼の意を表します。ナンマンダブツ


※若き日の池田大作さんは、女性を非常に大切にされ、女性の力により創価学会は大きくなったそうです。


これは創価学会だけではなく、お寺もやはり女性の力なしには発展しないのでしょう。

私はあまり女性人気が高くは無いのです。

今更仕方ないですよね。縁が遠くてなんて言っても。そういえば父も婦人会の方々に支えられていましたから。


『すごい男の唄』を思い出しました。

三好鉄生さん


ビールをまわせ 底まで飲もう

あんたが一番 わたしは二番

ドン!ドン!


これからの創価学会の活動に注目して行きましょうか。ナンマンダブツ

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