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執筆者の写真超法寺の住職

新成人おめでとう!

更新日:2022年1月10日

皆さま、おはようございます。

成人の日の朝を迎えました。

昨今のコロナ禍の影響でなかなか新成人には

厳しい状況ですが晴れの成人になられたひと時を大切にしていただきたいですね。


新成人の皆様、またご両親さま、おめでとうございました。お祝い申し上げます。


特にご両親には感慨深い想いでしょうね。

親にならせていただいて20年ですから。

全ての人が親になれる訳ではないのだから有り難いことです。(現に私は親になれなかったから実感はわからない)


是非当たり前とは思わないで欲しいなぁ。


新成人の子どもは親に感謝の言葉と思いを伝えて、親も我が子に感謝の言葉と喜びを伝えることができれば、どうして家族不和など起こることがありますか?

当たり前なんだみたいな雰囲気や、感謝、喜びの言葉を交わさないからこそ、愛の裏返し(=憎しみ)が起こり悲劇を生んでいると私は考えます。

是非、皆さまには親子の笑顔と優しい言葉を交わす、そんな成人の日であって欲しいと思います。(もちろん普段もですよ)


私が生まれたのはお母さん(ママ)の命をかけたご苦労があればこそだということがわからない、そんな大人にはならないでくださいね。


それが大人になること。


また、全てのことに自己責任が伴うこと•••それが社会人である証でもあります。


他人に迷惑をかけるなよ、などという親にはなりたくないですね。

だって迷惑をかけずに生きるなんてできないのだから。

こんなことをいうから、若い人が人生を諦めてしまいます。

日本では毎年数万人の行方不明者が出ています。そして同じくらいの自殺者も出ています。↓

生きていくことの意味を知らずにいる大人、社会人があまりに多いからではないかと私は感じています。



【知らぬ間に 迷惑かけねば 生きられぬのが この世】〈正親合英〉



【人生は苦なり】〈釈尊〉


歌手のさだまさしさんは、この言葉に救われたとおっしゃっています。

「あ〜、苦しくていいんだ」と、とても楽になったと言われます。

私たちは、生きるとは幸せじゃなきゃいけない、生きていくとは豊かにならなくてはならないと思い込んでいませんか?


決して金銭的に豊かになることが大切ではなくて、「心豊かに生きる」ことがあればこそだと思います。

苦悩からは離れられない私たちですが、その苦悩を支えて、私と一体となって生きてくださる方、それが南無阿弥陀仏なのです。

阿弥陀如来の願いがいつも私に寄り添っていてくださいます。


親鸞聖人は、和讃で、

《如来の作願をたづぬれば 苦悩の有情(うじょう)をすてずして 廻向(えこう)を首(しゅ)としたまひて 大悲心(だいひしん)をば成就(じょうじゅ)せり》


新成人の皆様に、是非今を支えてくださる仏さま、阿弥陀如来にお出会いください。そして心豊かに生きてくださいと超法寺住職としてお祝いを申し上げます。


どうすれば死ねるか?などとしか考えられないそんな大人にならないように願っています。

あなたを育てるために命をかけてくださった親、あなたを大切にしてくれた友人、恩師、仲間、縁者の思いを無にすることは私を放棄してしまう愚かなことなのだから。

人間は生き続けることはできません。

縁が尽きれば今日でも死んでいかねばなりません。元気だとか、若いとか、全く関係なく。

生きてきた、今を生きている意味は、私が生きていくことでしか決してわからないのです。


南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

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