心に地獄を作らない生き方

更新日:2021年11月6日

夜分遅くに失礼します。

寝る前にする儀式があります。

「このまま眠りについたら、もうそのまま死ぬかも知れない」


「朝には目が覚めずにこのままかも知れない」


これをある時からずっとやっています。


私のいただくご法義は、「明日ありと思うこころのあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」であります。

でも、やはり皆さまは明日も、明後日も自分には変わらずにあると思っていませんか?


無いかも知れないぞ•••。

そう思うと、朝目が覚めるとやたらに嬉しさを感じたりします。


浄土真宗のおみのりって素晴らしい世界です。


皆さまがよくご存知の良寛さんは、このようなお味わいをされておられます。


天保元年(1830)12月24日、ハラハラと雪が舞う。

いよいよ良寛さんは、この世をさることになった。良寛さんは、病の床にふせっていた。

ふと、夕方になって、雪が止む。

障子に明るい夕日が照ってきた。

良寛さんは、やっとのことで床の上に座った。

「障子を開けておくれ」

静かに障子が動いた。

まあ、なんとすばらしい西の空の美しい光。

まさに、西方浄土のかがやかしい光の風景が広がっていた。


良寛に 辞世あるかと 人問はば

南無阿弥陀仏と いうと答えよ


亡きばあちゃんが度々言っていた。

上辺の言葉だけで喜んでもダメじゃ。

そんなもんは何の役にも立ちゃあせん。


そんなことをする暇があるんじゃったら、

お念仏申しんさい。

よう聞いときんさい。

もう一度いうで。

南無阿弥陀仏をこの自業苦の口にお称えするんじゃ。


そうすりゃ、間違いのう、しあわせな今を生きていけるけえのう。


間違いばかりのこの孫に口うるそう言うてつかあさいました。

おかげでいつでも、この口が南無阿弥陀仏の声となってくれます。

そして、ばあちゃんに逢えるんよ。


有り難いのう。


私はしあわせであります。

このしあわせをお伝えすることが私の使命でありますね。


おやすみなさい。



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