「御同朋」って何だろう

皆さま、こんにちは。

今日も暑くなりましたがスッキリ晴れていませんね。しかしながらおかげさまで私は元気いっぱいです。有り難いことです。


さて私たち浄土真宗のおみのりは阿弥陀如来のご本願のおはたらきで皆隔たりなく等しく命を認められてお浄土への人生を歩ませていただくものです。《認め合う世界》


しかしながら現実は、好きだ嫌いだ、あいつは生意気だ、気に入らない•••などというもので他人を色眼鏡で判断して•••阿弥陀さまとは真反対の生き方になっていませんでしょうか。


私もそういう人間世界に身を置きながら「業」の深さをしみじみと感じています。

どんなに頑張っても、どんなにあれこれしてみても一切認めてはいただけずに仲間はずれのままだったりします。


理不尽とは思いながらも、これが人間世界の凡夫の生き方なのですね。

人はそんな簡単には変わらない、いや変われない。阿弥陀さまを仰ぐことでしか人間の欲望は慎むことはできないのです。


若い頃、恩師から言われました。

偉そうな人は当たり前に手を後ろに組んでいるよ。意識しないまでも私は偉い!という態度があれに表れてしまうのだよ。

では私たち僧侶は、住職はそんなに偉いのか?

全然偉くなんかないよ。

だってご門徒のおかげで、お参りを依頼してくださる方々のおかげでお寺の代表にしてもらえているだけなんだもの。


会社でも社長さんや役職の上の人は頭を下げませんから、どうしても踏ん反り返ってしまう。


では宗祖親鸞聖人も蓮如上人も人々の前で後ろ手に踏ん反り返っておられたのでしょうか。

私はそうは思いません。

笑顔で頭が下がる生き方をされておられると思います。だからこそ生誕850年が経とうとする今でも人々の心を掴んで離さないのだと思います。


【実のるほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな】


頭が下がる人はこのような立ち振る舞いをされるんじゃないかと思うのです。


私は若い頃から恩師には「決して後ろ手を組むような態度を見せてはいけないぞ。お寺さんとして恥ずかしいことだからな。」と、ご教示いただいています。


だからそんな立ち振る舞いをする住職を私は決して尊敬はしないし、逆に反面教師としています。


◉手を前で組むと、あら不思議!自然と前かがみになり頭が下がりやすいのですよ。

ましてや合掌もしやすいときた。爆笑

こんな素敵な姿を普段からできたら偉そうな態度などできはしないさ。

私はそう普段から努めていますよ。


浄土真宗で「御同朋(おんどうぼう)」などという世界は現実味が薄いように感じる。

だからこそ、私は偉そうにしないことをここまで実践しています。

⭕️宗門(浄土真宗本願寺派)ではあらゆる人々に阿弥陀如来の智慧と慈悲を伝え、自他共に心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献することを目的として「御同朋の社会をめざす運動」【実践運動】を推進しています。

◉実践とはそのように立ち振る舞い、行動していくことでありやらないことであってはならないのです。超法寺はそうありたいと常々思っています。

仲間はずれの無い世界っていいですよね。

来月は親鸞聖人御生誕850年、立教開宗800年慶讃法要お待ち受け法要が埼玉組(そ)でも開催されます。

私も埼玉組(そ)の一員としてお手伝いさせていただきます。

埼玉に来て初めての大きな行事ですから嬉しさいっぱいですよ。

埼玉県で仏縁に遇わせていただけたお念仏の【仲間】それこそが【御同朋】ではないだろうか。それならばいつまでもいがみあい、虐めずに手を携えていきたいものです。


是非皆さまもご参詣くださいますようご案内いたします。

6月2日10時30分〜•13時30分〜草加市光明寺さまにて。


6月14日10時30分〜•13時30分〜所沢市昌平寺さまにて。


御同朋の世界を歩んでいる人、そうでない人、それぞれはきっと皆さまの目にもおのずとお分かりいただけることでしょう。


南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

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