皆さま、こんばんは。
今日も色々ありました。
午後からは今、超法寺を支えていてくださる方々が大掃除に駆けつけてくださいました。
おかげで綺麗な本堂になりました。
しばらくお恥ずかしかった障子も綺麗に張り替えていただきました。有難うございます。
せっかく綺麗に張り替えていただいたのに、ウチの彌(あまね)が粗相をしてしまいごめんなさい。でも優しく(心中はきっと•••)対応くださいました。
普段から本当に超法寺のためにお力添えをくださいまして感謝申し上げます。
住職はしあわせ者であります。
都合が悪く来られなかった方からもご連絡を賜りました。お気持ちだけで大変嬉しかったです。
お掃除と言えばお釈迦さまのお弟子に「周梨槃特」(しゅりはんどく)という愛弟子がおられました。
インドに掃除をしながら悟りを開いたお坊さんがいたという話です。
周梨槃特は、兄の摩訶槃特(まかはんどく)に誘われお釈迦さまのお弟子になりました。
兄は聡明でしたが、周梨槃特は物覚えが悪く朝聞いたことも夜になると忘れてしまう有り様でした。その上、自分の名前も覚えられず、名前を背中に荷ない人に名前を聞かれると指差し教えるほどでした。
ですから他の弟子からいつもからかわれていました。周梨槃特はそういう自分が情けなくなって、門の外で泣いていました。
見かねたお釈迦さまが「なぜ、そんなに悲しむのか」と優しく声をかけると、周梨槃特は正直に一切を告白し「私はもうお坊さんをやめたいです。どうして私はこんな愚か者に生まれたのでしょうか。」と、さめざめ泣きました。
お釈迦さまは、「悲しまなくてもよい。おまえは自分の愚かさをよく知っている。世の中には、自分の愚かさを自覚しないでいる者が多い。愚かさを知ることは、とても大切なことだ。」と優しく慰められて、一本の箒(ほうき)と「塵を払い、垢を除かん」の言葉をお授けになりました。
周梨槃特はそれから毎日「塵を払い、垢を除かん」と繰り返しながら掃除をし続けました。
ある日、周梨槃特は、いつものように庭の掃除をしていました。
お釈迦さまは「毎日頑張っているね。でも、、一ヶ所だけまだ汚れているところがあるよ」と声をかけました。
周梨槃特は不思議に思い「汚れているのはどこですか」と尋ねましたが、お釈迦さまは黙ったままでした。それからずっと周梨槃特は「塵を払い、垢を除かん」と唱えながら、心を込めて掃除を続けました。
しばらくたったある日、「汚れていたのは自分の心だったのか」と気づきました。
その時、お釈迦さまは周梨槃特の後ろに立っていて「これで全部きれいになったね」と仰いました。
お釈迦さまは、周梨槃特のひたむきな精進を評価せられたのです。
周梨槃特が亡くなった後、墓から名前のわからない草が生えてきました。周梨槃特のお墓から生えてきたので、いつとはなしにその草を「茗荷」(名を荷う)と呼ぶようになりました。
茗荷を食べると物忘れがひどくなりバカになると言われるのも周梨槃特の逸話からきたものです。
~茗荷(みょうが)に隠された逸話~
加藤朝胤師(管主)の千文字説法より引用
有名な掃除をしながら悟りを開いたお弟子の話を思い出しました。今でも比叡山や高野山では掃除地獄という厳しい修行が残っています。人にはそれぞれ賜った使命があります。
特に秀でたものなど持たない私、住職にもきっと私に課せられた使命があるのでしょう。
そして皆さまにもそれぞれ使命を持たされているはずです。役に立たない人なんかこの世にはいないのです。
皆さま、それぞれに賜った使命があるのです。
だからあまり周りと比較せずに、粛々と人生を歩んでいくそれだけで、きっと誰かの役に立たっているのです。
卑下せずに生きていきましょう。
あなたが生きているだけできっと親御さんはお喜びくださるはずです。
母が生前、「お兄ちゃんには、いつも優しさをもらってお母さんは幸せです。ありがとう」と、手紙にしたためてありました。
「あなたの優しさにお母さんは助けられています。」こんな言葉を母親から言われるなんて何て有り難く嬉しいことでしょうか。
自分ではそんなの当たり前だと思っていた。
他人には明るく、優しくしなさいとお母さん、あなたに教えてもらったのだから。
お母さんのおかげですよ。
でも涙なくしては今もあの手紙は読めません。
お母さんありがとう。あなたの息子にしてもらえて私は本当に幸せ者ですよ。
ナンマンダブツ
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