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「光」のはたらき

皆さま、こんにちは。

雪予報が出ていましたが入間市はお天気に恵まれ暖かくなりました。おかげさまです。

ただ夕方には山沿いで雪になるそうなので普通タイヤでの移動はしないでください。

四駆でも普通タイヤは危険ですよ。

自然を甘く見ないで快適な休日をお過ごしください。


親鸞聖人は光明、光如来などと阿弥陀さまのおはたらきを表現されますが、「光」というのは光線という意味ではありません。

「光明」は、私たちの心の闇を破るはたらきのことです。仏さまの大きな智慧を表す言葉です。その智慧によって闇を抱える私が目覚めさせられるのです。それを「破闇」と言います。


「光明」は「破闇」のはたらきそのものです。


例えれば、財産はできた、子どもたちもすくすくと成長した。自分も家族も健康である。

しかし、どうにも心が晴れない。

やがてこの健康も失われ、やがて私も命を終えていかねばならない時が必ず来る。

そういうことを思ったとき、心の底から明るくなれない、不安がある。

そこに仏教の根源的な救いを必要とする、救いがなければ生きていけない根本の理由があります。どんなに豊かで健康でも、人間が生きていくならば必ず「老い」「病」「死」が迫ってくるのは避けられません。

こうした不安からどうすれば解放されていくかということが、仏教の基本課題です。


親鸞聖人は、ご和讃に、

無明の闇を破するゆえ、智慧光仏となづけた

り、一切諸仏三乗衆、ともに嘆誉したまえり


と、お示しくださっています。

この不安な暗さから解放される道をはっきりさせてくださる如来が【阿弥陀如来】であり、「智慧光仏」と言われます。

そういう意味で親鸞聖人は「光如来」とも言われます。

この如来を最後の依りどころ、究極の依りどころとして生きることが私たちの【信心の生活】であります。

その信心の生活の上から、ご本尊は【帰命尽十方無礙光如来】、これは【南無阿弥陀仏】を中国語に訳したものです。


南無阿弥陀仏を称えながら生きていくことで、阿弥陀如来の光に照らされ、包まれていきますので、決して「絶望」とはならずに「今を」見つめながら生きていくことができるのです。

いつも阿弥陀さまがご一緒なんだ、という思いが私の中にいただかれた時に、本当の安らぎとなるのです。

疑っている間はダメですよ。

仏法聴聞を心がけて生活をしましょう。


南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

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