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信心は願より

皆さま、こんばんは。

今日は雨降りで改めてまだ梅雨だということを思い出させていただきました。

肌寒くまたストーブを出しちゃいました。

埼玉県西部は寒い時は本当に寒いのです。


さて、まだまだ体調は回復しませんが日曜日の公開講座に向けて荷物の移動と不必要なものの仕分けと処分作業にてんてこ舞いしています。

何とか明日までに一部屋をご講師のために空けねばなりません。

いやはや、いかに物が多いかを痛感しています。相変わらず片付けの下手な私です。

成長していません。誰か助けてください。


午前中は父の相続手続きに追われ頭がパニックになりました。あれもこれも一緒にやるため、あれがない、これがないと大騒ぎ。

この際、一気に処分もしてしまおうか。

なにしろ、収納スペースがあまりないので困ります。納戸とかがあると助かりますが結局物が溢れてしまうから一緒かな。

やはり処分作業をするしかないね。


やれやれ、こんな感じに振り回されている私の人生ですが、人生に迷ってしまうと大変であります。皆さまは今をどのように考えて生きておられますか。

海外では潜水艇でカナダ沖に沈んでいるタイタニック号を観るツアーに参加した5人が行方不明になっています。酸素は日本時間の今日、後数時間しか持たないと言われています。

もし海底にいるなら、乗客はパニックを起こしまさに地獄絵図ではないでしょうか。

一刻も早く潜水艇が発見され救出されますよう願っています。どうか今のうちに南無阿弥陀仏をお称えしておきましょう。無理かな?

仏教では、私たちのいる人間世界は迷いであると言われます。諸行無常、つまり全てのものは常に移り変わり、一瞬も立ち止まることはできず、どんなに願おうが、祈ろうがあることばかりなのです。


だからこそ阿弥陀如来は【十劫】(じっこう)もの昔から私たちを心配し、願いをかけ続けおられるのです。それを【本願】といいます。


【本願】第十八願


もし、わたしが仏になったとき、十方のあらゆる人々が仏の真実心を獲(え)て【至心】、信じ喜び【信楽】、他力の至心信楽の心をもって、安楽浄土に生まれんと思い【欲生我国】、いのちのあらんかぎり念仏相続する【乃至十念】、この真実信心を獲たものは、仏の光明のなかに摂め取られ、正定聚(しょうじょうじゅ)の位に定まる。

そしていのち終わってわたしの国に生まれることが出来ぬようなら、わたしは決してさとりをひらくまい。

ただし、五逆や謗法(ほうぼう)の罪を犯すものには、この二つの罪の重いことを知らせて、十方一切のいかなる人も、回心すればみな漏らさず、往生することができる」と。


※五逆[小乗仏教]は、無間地獄に堕ちる業因である。

①殺父(せっぷ)父を殺すこと。

②殺母(せつも)母を殺すこと。

③殺阿羅漢(せつあらかん)阿羅漢(聖者)を

 殺す。

④出仏身血(しゅつぶっしんけつ)仏の身体を

 傷つけて出血させること。

⑤破和合僧(はわごうそう)教団の和合一致を

 破壊し、分裂させること。



※五逆[大乗仏教]は、

①塔寺を破壊し、経蔵を焼き三宝の財産を盗む

 こと。

②声聞(しょうもん)•縁覚(えんがく)•大乗

 の教えをそしること。

③出家者の修行を妨げあるいは殺すこと。

④小乗の五逆。

⑤因果の道理を信じず、十不善業(十悪)をす

 ること。


※十悪とは、殺生•偸盗(ちゅうとう)•邪淫•妄語•悪口(あっく)•両舌(りょうぜつ)•貪欲•瞋恚(しんに)•愚痴(邪見)のこと。


一瞬たりとも私たちは【煩悩】から離れることはできません。どんなに南無阿弥陀仏を称えても無くなることはありません。

常に苦しみ、悩みを抱えて生きていかねばなりません。これは誰であろうともです。

だからこそ

私たちはお互いに地獄行きのタネを日々撒きながら生きているのです。

その愚かな姿を見られて、何とか救うてやることはできないだろうかと法蔵菩薩は世自在王仏のみもとにて、仏がたの浄土の成り立ちや、その国土や人間や神々の善し悪しをご覧になって、この上なくすぐれた願をおたてになり、世にもまれな大いなる誓いをおこされた。

五劫もの長い間、思惟(しゆい)してこの誓願を選び取り、名号(南無阿弥陀仏)をすべての

世界に聞こえさせようと重ねて誓われたのである。[正信偈意訳より]


つまり、南無阿弥陀仏の声は日々地獄行きのタネをまかねば生きていけない私たちのために、あらゆるいのちを南無阿弥陀仏のご本願の大慈悲心で救おう(他力本願)というはたらきであります。


皆さまのご先祖が身をかけて伝えてくだされた南無阿弥陀仏を称えながら、いつも阿弥陀如来とご一緒に人生を歩んでいるんだ、という思いを持ちながら生きてくれよ、とのはたらきですから、まさに皆さまのご先祖さまは、還相(げんそう)回向のはたらき(仏)をもって、私たちをお浄土へ生まれて仏になってくれよと、日々はたらき、願い続けているのです。


ということは、私たちがご先祖さまにさせていだだくご恩返しは、南無阿弥陀仏、ナンマンダブツとお念仏を称えながら、今を強く明るく生きていくことではないでしょうか。


私はそのように思って「今」を生きています。

決して正しきことばかりでは生きれない私ではありますが、そんなあなたを阿弥陀は決して見捨てないよ。だから安心してまかせてくれよ、と喚んでいてくださいます。


私の信心は当てにはなりません。

それは阿弥陀さまもよくご存知です。

だから、他力本願の阿弥陀さまの信心を我が身にいただいていくのが浄土真宗のみ教えであります。


どうですか、皆さまは南無阿弥陀仏と声となっておられますか?


阿弥陀は助ける、私は助かる、であります。


南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

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