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住職に頼んで良かった

皆さま、おはようございます。

昨日の地震は東京湾が震源地(80km)でM4.8でした。規模は小さかったが首都直下型地震でありました。もし規模が倍だったら笑えない状況であったことでしょうね。

改めていつ大惨事が起きても何ら不思議ではないことを痛感させられました。

一度きりの人生、何をして生きていくのかが大切なのでしょう。


昨日は直接ご依頼をいただいた葬儀でした。

施行業者さまも昨年末に初めてご縁をいただいた葬儀社で、社員さんから「超法寺って聞いたからどこかで聞いたことがあったけど、ご住職のところだったのですね。」と、お声がけいただきました。有難いことですね。

また、故人は生前、超法寺がまだ全然仕事が無かった時分に業者経由でご縁をいただき、その後ずっと直接のご依頼をくださっていてSNSでの御付き合いもありました。

娘さんからも、「お寺の新聞、案内ください」と言われずっと毎月送らせていただいていました。それが皆ありましてこの度の葬儀依頼となったそうです。


火葬場でのお勤めが終わり、ご挨拶をさせていただきましたら、喪主さまから、「ご住職に来ていただいて良かったです。」と笑顔で言っていただきました。娘さんからも「これからも新聞送ってくださいね。超法寺さまの封筒を取っておいて良かったです。」と、これまた笑顔で言っていただきました。

喪主さまは都内の方でしたが、お出会いって距離ではないのですね。いかに一度のご縁が大切かを改めて知った気がしました。


もちろん故人を知っているということもありますが、たまたま「縁」があればこそ、その縁が続くこともあり、そうでさないことも多々あります。当たり前ではないことを痛感しながら南無阿弥陀仏のご縁がありましたら精一杯私らしく勤めていくことこそが大切なのでしょう。

決して特別なことはしていません。

どのような形のご縁でありましょうが、超法寺は皆さまとのご縁を大切にしています。


浄土真宗のみ教えは、南無阿弥陀仏を仰ぎながら、ナンマンダブツを称えながら生きていきます。常に阿弥陀さまとご一緒に日々を歩んでいきます。心配ないぞ、大丈夫だぞ、あなたのことは私が間違いなく救うていくぞのおはたらきをくださっています。

つまり南無阿弥陀仏の声は、サヨナラしないお浄土までご一緒の仏縁なのです。

どのような苦難の人生もひとりぼっちにはならないのです。


私自身、両親を見送りました。こんなに辛いことなのか、でも必ず別れていかねばならない。

どんなに辛くても、寂しくてもひとりぼっちにはさせないよ、と南無阿弥陀仏の声となって常に私に寄り添っでいてくださいます。

これが還相のおはたらきであります。

【倶会一処】(くえいっしょ)の世界が阿弥陀さまに遇えた人に広がるのです。


サヨナラじゃないよ。

また遇えるから、寂しい時ら悲しい時、わが名を称えてくれ。必ずあなたの側にいるからね。

南無阿弥陀仏にならせていただいたのだからね。もう苦しみからは解放されているから私の心配は要らないんだよ。

だから、あなたの人生を精一杯生きてくれ。

南無阿弥陀仏を称えながら生きてくれ。

それが故人の願いなのです。


私も改めて故人さまに生きるということの意味を教えていただきました。

有難うございました。

またお遇いしましょう。

南無阿弥陀仏


明日ありと思うこころのあだ桜

夜半に嵐の吹かぬものかは


私たちは無常を生きているお互いであります。

忘れないようにしましょうね。

ナンマンダブツ

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