仏徳讃嘆こそが供養
- 超法寺の住職

- 3月1日
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中国の善導大師が『法事讃』の中に、法事の仕方や読経の仕方が述べられています。
読経や称名念仏(お念仏を声に称える)することは、善導大師がお勧めになっていることですが、これによって多くの有縁の方々が真実の教えに入り、さとりを開く身になっていくのです。
つまり「法事」は聞法法ができて浄土に往生させてもらうことのできる良縁となるものですから、大いに勧めていただくことが望ましいのであります。
○法事は浄土真宗門徒の場合、五正行(ごしょうぎょう)、読誦(どくじゅ)・観察(かんざつ)・礼拝(らいはい)・称名(しょうみょう)・讃嘆供養(さんだんくよう)にもとずくものであります。
これが法事の中心になるべきであります。
経典を離れて信心も念仏もないからです。
お経を読み、そのお心を私の心にいただくとき、自然とお浄土と如来さまを心に憶いうかべます。(観察)そしてお浄土と如来さまを心にうかべるとき如来さまを拝み(礼拝)、如来さまのみ名を称えずはおれない(称名)のであります。
讃嘆供養はインドの天親菩薩の『浄土論』に説かれています五念門(礼拝・讃嘆・作願・観察・回向)の第五の回向門に相当するものです。
仏さまのお徳を讃えさせていただくことこそ、この上ない供養となるのであります。この仏徳の讃嘆が、そのまま供養になるので、このような法事こそ、あらゆる人々に南無阿弥陀仏が回向されることになるのです。
浄土真宗のも教えから申しあげれば仏さまや仏さまの世界の尊いことを讃嘆させていただくことこそ、最上無上の回向なのであります。
法事読経は、亡者生者(もうじゃしょうじゃ)を選ばず、すべてのものの功徳となるのであります。
亡者の上には、『大無量寿経』に、三途見光(さんづけんこう)のことが説かれてあり、生者の上には、獲信入正定聚(ぎゃくしんにゅうしょうじょうじゅ)の良縁となる功徳があるといただくからです。
『般若心経』をお読みになられる方が実に多いですが、意味合いが修行に特化しているため浄土真宗とは相対するものがございますので門徒の方にはおひかえされることをお勧めします。南無阿弥陀仏



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