仏さまの声を聞く世界

浄土真宗では日頃からの仏法聴聞をとても大切にしています。それはなぜでしょうか。

聞いてもわからない私なのに聞こうとしないから自分の生き方がわからず正しいと勘違いしながら生きているのです。


仏法を聞いていることを【声聞】(しょうもん)と言います。


【声聞】仏さまの声を聞く世界、仏さまの教えを聞く世界


皆さまは自分が実は迷いの世界を生きていると思っていますか?

私たちは心と口と身体で、さまざまな行為(行い)をします。そのような行為が作っていく世界に地獄•餓鬼•畜生•修羅•人•天と六つの迷いの世界があり、七番目の世界からは、お悟りへの真理に目覚めた世界なのです。


仏法を聞くとは、迷いの世界である六道を一歩超えて悟りへ向かう第一歩目の世界にいるのだ。

どうですか、凄いでしょう!


「人とは、悲しみを知る世界。迷いの世界の中で唯一、人である時に、七歩目の世界である声聞の世界にいるのですよ。私も皆さんも人に生まれたからこそ、仏法を聞くチャンスに出会えたのです。

偶然なのではなく。


怒りの世界•••地獄


貪りの世界•••餓鬼


無自覚•無反省の世界•••畜生


争いの世界•••修羅


舞い上がった状態•••天

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それらの生き方•行いを悲しむことのできる世界を

「人」と言います。

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この時に初めて【仏さまの教えを聞こう】と思えるようになるのです。


だからこそ、人として生きているのだから、「今」聞いておかねばならないものがあるのだと思うのです。


聞いておかねばならないものがあるのです。


皆さんの大切な人が命をかけて残してくれたものは、私たちがしあわせな人生を歩んでいくための素晴らしい教科書であり参考書ではないでしょうか。


なかなか聞こうと思っても聞くことの難しいお互いの人生です。また後々後悔しなくていいように大切にしてほしいと願いながら、私自身も南無阿弥陀仏をお称えしながら仏法聴聞を大切にして生きています。


南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

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