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人の話の邪魔をする

皆さま、おはようございます。

昨夜から雨が降ります。

今日もご法事の仏縁をいただきます。

安全運転でお参りします。


さて先日、ある方からご指摘をいただきました。これは私の本当に悪い癖です。

親から受け継いだ嫌なこと。

住職としても大人としても恥ずかしいことではないかと思うのですがなかなか直せないのです。


[人が話しているときに遮るのは嫌な感じ]


その人が話終わってから十分にプライドに配慮しながら、控えめに自分の知識を披露する。

それがその場の雰囲気を壊さない話し方のコツです。

話したくてウズウズしている自分を抑えるのも、大人としてのふるまいです。

もっとも、明らかな事実誤認があった場合にあらためるのはよし、です。

名前を間違えているといったケースがそれ、「それは○○○○だよね」と正しても、相手は嫌な気持ちはなりませんし、間違えたまま話し続ける恥ずかしさから救ってあげることにもなります。


これがわかっていても実際にそうできないこと、そんな人生を五十年以上してきているのだから情けないです。

頭ではわかっているのにそうすることができないのだ。


皆さまは大丈夫ですか。


[人のふりみて我がふり治せ」

亡き母が常々言ってくれた言葉です。


なかなか難しいです。


この度、私に指摘をくれた方はどんな気分でおっしゃってくれたのでしょうか。

言い方が柔らかかったので私はそんな気分を害することはありませんでしたが、私は「あちゃー」って感じでした。

恥ずかしい〜。


こちらの熱意があればあるほど、どんどん話を遮っている私があるのでしょうね。


さてお彼岸ですね。

超法寺は21日に千葉県で葬儀があるため中止にして、25日の安穏法話会の時に春季彼岸法要を勤めます。


一休さんの言葉をご紹介します。

【阿弥陀仏 みなみにあるを知らずして 西を願うは はかなかりけり】


どう思いますか?

禅宗のお坊さんは洒落っ気がある(嫌味っぽい)ので、でも何をおっしゃりたいのかを一度ゆっくり考えてみたいですね。


それではまた。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

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