皆さま、こんばんは。
今日はどのような一日でしたか?
あなたのいのちを大切にして輝かせることができましたか?
「あ、しまった」もうちょっと冷静に考えたらよかったなどと思わなかったでしょうか。
毎日毎日繰り返される事故や犯罪、戦争。
これは決して他人事ではありません。
皆さま、忘れておられませんか?
今はまだ【コロナ禍】だということを。
どうしてか、それは私たちもステイホーム続きで息が詰まりそうだ。それは私も理解できます。でも世の中が今まで緊急事態宣言の中、仕事がなく事業者はここぞとばかりに会社を回すために無理しても営業しようてしています。
私たちが動く(旅行など)ということは、特に小さな会社は合意な営業形態を取るところもあるのです。ということは?【安全軽視】はあり得るということですよ。
確か昨年のGO TO TRAVELで皆が一斉に旅行へ出た結果どうなりましたか?
沖縄県でコロナのクラスター発生でロックダウンしなければならないくらいな事態になりましたよね?忘れましたか?
まだコロナは終息してはいないのです。
今回のGWもきっと恐ろしい事態になるのではないかと私は危惧しています。
未だにワクチン接種拒否している方は一定数おられるのです。
また私のように未だに三回目のワクチン接種券が届けられていない人もいるはずだ。
ということは油断すれば必ず感染リスクは高まると子どもでもわかる話ですよね。
今回の知床観光船の事故はそのような中で悲劇となってしまったのです。
普通なら出航しなかったはずだというのに、少しでも【収入が欲しい】という会社の事情に世界遺産を間近で見たいという人間欲が残念ながら、暴走してしまったのです。
登山でも滑落事故や噴火に巻き込まれたりします。今回も小さな子どもさんの尊い命が海に散ってしまいました。
子どもだけでは行けない場所で。
大人たちの事情に巻き込まれたのです。
船上でプロポーズをしようと恋人同士で乗船されていた方もあったという。
どうして快晴の穏やかな風の時にできなかったのか?焦ってしまったのだろうか。
無理して出た挙句の悲劇だが、今日は穏やかな天気だというから悲しいです。
まさにこの世は無常であります。
生きるということはいつでも「死」と隣り合わせなんだということを今だからこそ学びたい。
北海道の海水温は5度だという。
冷静に考えたら浴場で入る水風呂の温度が15度くらいですよね。
あの中に2時間も入っていられますか?
無理ですよね?
ということは今回海に投げ出された26名がどんなに温熱カイロを張りまくっても低体温症からも逃れられないことは始めからわかっていたはず。
あのような小型船が浸水してしまったら「死」が必然だと大人ならわかって欲しかった。
辛坊治郎さんもこの海水温で海に落ちたら確実に「死」に直結するという。
確かにあの映画『タイタニック』でも描かれていましたよね。
もっと海難事故を恐れましょう。
小さな子どもを守れるのは親(大人)しかいないのだから。未来を託すべき「命」を•••。
今更言っても間に合わないけど。
ましてやあの場所は、ロシアが不法占拠している北方領土のすぐ側です。
今、ウクライナ侵攻により西側諸国と日本は同じ歩調でロシアに制裁決議をしています。
ということは北方領土内に乗客が流されてしまったら安易にはその海域には入れない危険性も孕んでいるのですね。
やはりウクライナ情勢は他人事ではないのです。
私たちはコロナ禍で旅行へも出れずにイライラの限界に来ていると言われますが、ウクライナの避難民は、地下の防空壕で二カ月も日光を浴びることも許されず、食料や水の不足に生きることすら難しい状況にある現実も分かち合いたいものです。
関係ないは通じません。
世の中は皆繋がっているのだから。
私は数年前に北海道までフェリーに乗りました。超悪天候で大型フェリーが揺れまくり「死」の恐怖を味わいました。
あれくらいのカーフェリーがあれくらい揺れまくるんだからね。(韓国で沈没した事故を思い出したよ)今回の19トンの小型船なら恐怖は半端なかっただろう。まだ見つからないということは残りの乗客たちは船内に閉じ込められているのでしょうか?
それならまだ「生存」の可能性があるだろうか。一刻も早く船を発見して欲しい。
今はそれを願うばかりです。
仏法に遇うということはまさにそういうことなのですね。
私は一人で生きているんじゃない。
《みんなみんな生きているんだ友達なんだ♫》
あの歌では、《手のひらを太陽に透かしてみれば》とありますよね。
私たちは容易にそれをすることができますよね。でもウクライナの人たちは自らのいのちを守るためにそれすら許されない。
当たり前なんかないんだよ。
私たちは旅行したい!
会社も早く少しでも【収入が欲しい】
会社に銀行が融資してくれないという焦りがこの悪天候での出航強行が行われて事故が起きてしまいました。
自然界からの警告ではないでしょうか?
このような悲劇は繰り返して欲しくはないが、人間界に生きている限り、その危険性からは逃れられないだろう。
仏法を聞いて私の「死」の解決をしておかないと突発的に奪われる「いのち」が救われる道はない。明日は我が身であります。
この解決をした上でなら、どのようなことに出くわそうと安心ですよね。
《死ねば仏》はございません。
阿弥陀仏を仰ぐ私にならない限りは。
早く、早く•••阿弥陀仏は喚んでおられますよ。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏
この度、事故に遭われた方やそのご家族、縁者皆様には衷心よりお悔やみ申し上げます。
合掌念仏
南無阿弥陀仏
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