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ようこそ超法寺へ

皆さま、こんにちは。

連休最終日、いかがお過ごしでしょうか。

穏やかな日になり、入間市では「さんま祭り」が行われていました。

私は瑞穂町での葬儀があり参加できませんでした。ステージ上では、「はたゆりこ」さん、「小出美里」さん、「中島まさる」さんのパフォーマンスに加え、和太鼓「三宅太鼓」と賑やかだったことでしょうね。

我が街、入間市が賑やかなことは大変嬉しく思っています。

またしばらくコロナ禍のため開催できずにいた中、こうして再開できたことを素直に喜びたいものですね。


さて今日は久しぶりに超法寺本堂にてお参りを勤めさせていただきました。

初めてのご縁で、入間市の方がご夫婦でお参りしてくださいました。

なかなかわかりづらくてすみませんでした。

なにぶんまだお寺の外観ではありません。加えて駐車場も月極のため駐車場所もわかりなくかったりしますよね。申し訳ありません。


ご一緒にご生前の故人を偲びながら、親の有り難さを共感するように努めさせていただきました。「親は死してなお我が子を育てる」と申しますが、悔いを感じる残された子どもさまではありますが、きっとお喜びくださっているとおもうのです。

我が母は、常々「お母さんはいつもしあわせなのよ」と、笑っていました。

親って有難いですよね。

ナンマンダブツ。


さて今日は前回お話ししました【難信】についてご紹介いたします。

[釈迦牟尼仏、よく甚難希有の事をなして、よく娑婆国土の五濁悪世、劫濁•見濁•煩悩濁•衆生濁•命濁のなかにおいて、阿ノクタラサンミャク三菩提を得て、もろもろの衆生のために、この一切世間難の法を説きたまふ](仏説阿弥陀経)

〈現代語訳〉

釈迦牟尼仏は、世にもまれな難しく尊い行を成しとげられた。娑婆世界は、さまざまな濁りに満ちていて、汚れきった時代の中、思想は乱れ、煩悩は激しくさかんであり、人々は悪事を犯すばかりで、その寿命はしだいに短くなる。そのような中にありながら、この上ないさとりを開いて、人々のためにすべての世に超えすぐれた信じがたいほどの尊い教えをお説きになったことである。『浄土三部経(現代語訳)』



○あらゆる諸仏が、お釈迦さまが五濁悪世の娑婆世界の中で、難信の法を説かれたことを甚深希有のことであると褒め讃えられているご文です。

五濁悪世のお言葉の中に私たちの姿をかえりみるとともに、私たちのはからいでは決して信じることができなかったはずの尊い教えに、如来のはからいによって今であっていることを喜ばせていただきましょう。


◎【難信の法】

自力の心、すなわち自らのはからいの心では決して信じることのできない法門の意で、この経(『仏説阿弥陀経』)に説かれた念仏往生の教えを指します。

この教えは、世間の常識的な道理を超越していますから、自力にとらわれている心では、はなばた信じ難い法であるということです。


◎【難信の法】は【勧信誡疑】

「本願を疑う自力のはからいを捨てよ【誡疑】、他力にまかせよ【勧信】」と、お示しといただくことができます。

◎信心を恵まれた不思議を喜ぶ

⭕️他力の信心は、私のはからいで得られるものではありません。今信心を恵まれている不思議を喜びましょう。

⭕️信心を喜ぶ身となるまで、遠い過去世から絶え間なく如来のお育てが届いていることを味わってみましょう。


知識だけではなく、お味わいは日頃よりのお聴聞の中に知らされます。怠らずにお聴聞を重ねて参りましょう。

南無阿弥陀仏

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