top of page

もっとも大切なこと

皆さま、こんばんは。

今夜は母方のお通夜へ坂戸駅前までお参りしてきました。母の長兄です。

私も長らくお世話になりました。

大切にしていただきました。

つい先日電話でお話ししたばかりだったのに。

まさに、【明日ありと思うこころの仇桜 夜半に嵐のふかぬものかは】


無常の真っ只中に生きていることを思い出させていただきました。

そしてまた一人、大切な伯父さんが往生されてしまいました。寂しいなぁ。

「マサ君は偉いなぁ。よく頑張っているよ」って言っていただいたばかりでした。

伯父さん、偉くなんかないよ。

ただ頑固で何にもできない大馬鹿たれだから。父とは意地の張り合いばかりでした。


せめてもの思いに、『正信偈』を横に座る大願寺の住職と力いっぱいお勤めしました。

ま、導師(末伯父)、脇僧(従兄弟)、そして僧侶は伯父伯母、従兄弟甥を含めて6名だからかなり賑やかで贅沢なお通夜でありました。

親族葬なのに僧侶が8人もいるなんて聞かないからね。


伯父さん、本当に長い間ありがとうございました。またお浄土で会いましょう。

母や叔母、爺ちゃん、婆ちゃんがお浄土で待っているからね。


私たちが人間に生まれて大切なものは、阿弥陀さまにお遇いさせていただくことであります。


【お念仏に生きよ。阿弥陀さまのみ教えをしっかりと聞きなさい。そして阿弥陀さまのみ教えにしたがって人生を歩みましょう】


これが一番大事。

私たち自身がより心豊かに、より素晴らしい人生を歩むように、その道すじを教えてくださいました。


『正信偈』の冒頭にあります、

帰命無量寿如来 南無不可思議光

ひかりといのちきわみなき あみだほとけをおがまなん


南無阿弥陀仏をお称えさせていただきながら生きることで、間違いのない人生を歩むことができるのです。


阿弥陀にまかせなさい。

必ずお浄土の世界に生まれさせてみせます。

二度と輪廻転生しない悟りの仏にするぞ。


力強い阿弥陀如来の名告りは、我が親のような我が子にはたらきかけるような見捨てない大きなはたらきであります。

あらゆる命を我が子のように思い、疑いはねつけて生きようとする私に南無阿弥陀仏を届けて、受け取らせて南無阿弥陀仏、ナンマンダブツといつもご一緒していてくださる尊い仏さまなのですよ。

つい回り道をしようとする、危なっかしい私を抱いていてくださいます。


この度の仏縁も、伯父さんが私を南無阿弥陀仏へ誘ってくださいました。

有り難うございました。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

閲覧数:23回

最新記事

すべて表示

死後の世界

人間に生まれることは難しい。 「礼讃文」(らいさんもん)には、 人間に生まれてきて仏法に遇うことはまたかなり難しいことである、人間に生まれてきた今ら仏法に遇うて救われなかったならば、もはや私が救われることなど望めません。 [三帰依文](さんきえもん) 人身(にんじん)受けがたし、今すでに受く。仏法聞きがたし、今すでに聞く。 この身今生(こんじょう)にむかって度せずんば、さらにいずれの生(しょう)に

Comments


bottom of page