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また新たな仏縁が

皆さま、こんばんは。

今日は朝から電話工事とエアコン取付、インターフォンの取り替えなど慌ただしい一日でしたが着々と新拠点は生活空間が整備されています。夕方にはバイクを業者に引き取っていただきました。確実に引越しが済みつつあります。

明日は組(そ)会という埼玉組(そ)という浄土真宗本願寺派寺院(埼玉県)の会合がありお手伝いへ参ります。

超法寺はまだ布教所で正式な寺院ではありませんので準会員で議決権がありません。

それでも埼玉組(そ)のメンバーですので積極的に参加しています。

今回から組(そ)長が代わり、それに伴い執行部も代わります。


会合終わりにまた引越しの荷物出しをやろうと思っています。もうひと踏ん張りだ、頑張るぞ。身体はテーピングだらけですが気合いでやりますよ。

また、今日も新たに仕事(法事)依頼がありました。有り難いことですね。

リクエストが私に来て欲しいだったのですが、あいにくその日は先約で千葉市までお参りへ行くので無理です、というと残念がられましたが、代わりに行ってくださるお寺さんがありましたので堪えていただきました。

超法寺は住職一人で切り盛りしていますので、予定が重なりますと行けないのです。

その際は時間を調整いただいたり、予定日を変えていただくなどの柔軟な対応を是非お願いいたします。超法寺は決してご縁を無駄にはしません。一つ一つ大切に勤めます。

お布施についても聞かれましたら便宜上平均をお伝えしますが、「高い」と思われる方もあるでしょうね。料金ではありませんので平均を皆さまの超法寺へのお気持ちでしてくださればと住職は考えています。

心苦しく思うこともあります。

基本的には僧侶派遣業者の料金を参考にしながら、皆さまがお力添えでしてくださる平均をお伝えしています。


皆さまにご無理を強いることはいたしません。できる範囲でしてくださいませ。

そう思っています。

ただ本音はお寺を維持運営していかねばならないため、なるべく•••とは思うのですよ。

超法寺はお寺ではありますがまだ宗教法人格がありませんので、青色申告の自営業者なのです。所得税を払いますのでお寺さんだからと優遇はされません。その辺を気持ち汲んでいただきたいとは思っています。

ごめんなさい愚痴でした。


それでも超法寺は苦境を何とか乗り越えてきました。たくさんの方々に支えていただき、お参りもご依頼いただいています。少しでも多くの方々に親鸞聖人がお伝えくだされた【他力本願】のお救いの頼もしさを知っていただきたいのです。


俳優の中尾彬さんが16日に心不全で急遽お亡くなりになられたそうですね。素晴らしい俳優さんでした。○○団映画には欠かせない俳優で近年では中睦まじい夫婦ねCM「福ちゃん」が印象的でした。

私たち浄土真宗のみ教えに遇うお互いは、【諸行無常】をお聞かせいただきます。


明日ありと思うこころのあだ桜、夜半に嵐の吹かぬものかは


この有名なうたは、親鸞聖人がお得度(僧侶になるための儀式)の際に詠まれたと言われます。命の儚さを桜の花に例えられたのですね。

このように私たちも若いとか、元気だとか何の保証もない人生を生きているんだという思いを持ちながら生きていきたいものですね。

自分だけは違うと思わずに。

私はそう思いながら、今自分は何ができるのか、何をすべきなのかを思いながら精進しています。


この超法寺を布教所から非法人寺院へすることが当面の目標であります。

新型コロナ禍の大激震で夢もろとも砕け散ってしまうくらいてましたが、国や埼玉県、そして僧侶派遣業者やホームページやリーフレットを見てご法事を依頼してくださった方々に助けていただきました。そのおかげで最悪の状況からは脱したようですがまだまだ不安定な状況には変わりがありません。

その感謝を込めてお返しをしていくのは、今まで浄土真宗本願寺派寺院が無かったこの入間市に寺院を建立し後世に残していくことだと思っています。これだけは何とか叶えたいと住職は常に考えています。

遇えなかった皆さまにお遇いするこどかできた喜びはお浄土までご一緒であります。

南無阿弥陀仏を称えながら阿弥陀さまと二人三脚で今を生きていきたい、そう思っています。

皆さまもどうぞ、大切なお父さん、お母さんが身をかけてお伝えくださった南無阿弥陀仏の仏縁を大切にしていただきたいですね。


あなたに遇えて良かった。

あなたの子に生まれて良かった。


そう思える私になれたら、今出遇う全ての人がきっと大切に大事に思えてくるんじゃないかな。


おやすみなさい。

南無阿弥陀仏

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人間に生まれることは難しい。 「礼讃文」(らいさんもん)には、 人間に生まれてきて仏法に遇うことはまたかなり難しいことである、人間に生まれてきた今ら仏法に遇うて救われなかったならば、もはや私が救われることなど望めません。 [三帰依文](さんきえもん) 人身(にんじん)受けがたし、今すでに受く。仏法聞きがたし、今すでに聞く。 この身今生(こんじょう)にむかって度せずんば、さらにいずれの生(しょう)に

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