どんなに辛くてもやがて

皆さま、こんにちは。

今日も良い天気に恵まれました。

ただ寒さは厳しいですが。

令和3年もいよいよであります。

色々ございましたね。

不安が多かったです。

それでも、さまざまな出会いもございました。


同時に別れもたくさんありました。

また、たくさんの方々に助けていただき、支えていただきました。

東京五輪も夢のようなひと時でした。


さて、私たちは無意識のうちに目の前にあるものが、ずっと変わらず続くものだと思っています。私の若さも、健康も、家族も、友人も。

しかしながら、友人にしても、ちょっとした気持ちのずれ、すれ違いから疎遠になることがありますね。

また、いつまでも若いと思っていても鏡を前にすると白髪やシワやその他もろもろを発見して立ち尽くすことはありませんか?


仏教を開かれたお釈迦さまは、

目の前にあるものは、一時的にそういう姿をしている仮初(かりそめ)の姿で、すべてのものは移り変わっていく•••と教えてくださいます。


「人の心は移り変わっていくもの」


仮初の姿=諸法無我


諸法無我とは、すべての物事は因と縁が結びついて生じており、因縁が離れたなら、また別の姿に変化していくので、固定でも不変なものでもありません。


【引き寄せて 結べば草の 庵(いおり)にて 解くれば元の 野原なりけり】


意味は、枯れ草を紐で縛って組み合わせ、南風をしのぐ小屋(庵)を作りました。

ところが結んでいた紐をほどくと、バラバラになり、何もない野原になりました。

さて、今まであった庵はどこにいったのでしょうか。という歌です。


仏教の教えにあい、仏法を聞いて生きていますと、人間関係も同じように、友達、恋人、夫婦、家族といってもその関係がいつまでも変わらないわけではありません、と受け止めていけるのですね。


【つくべき縁あればともない、離るべき縁あれば離る】


どれほど大事な人、好きな人とも、縁がある間しか一緒にはいられません。

このことさえきちんと深く知っていれば、今、友達でいること、恋人でいること、夫婦でいること、親子であることの有り難さを知らされ、今この瞬間を今まで以上に大切に思えるようになれるのではないでしょうか。


私は今年、大変多くそれを思い知らされた一年でありました。どんな時も私を思い、寄り添い、励まし続けてくださる阿弥陀さまと共を知らされました。

南無阿弥陀仏、ナンマンダブツ。


有難うございました。南無阿弥陀仏。

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